告白
次の日。
誠君は、お昼前にやってきた。
「ヒロ、ご飯食べた?まだなら食べに行こうよ」
「うん、どこ?」
「学校帰りによく行ってたお好み焼き屋さん。あそこも今年いっぱいで閉店するらしいんだ」
「え?あのお店も…」
また一つ、思い出深い場所が無くなろうとしていた。
心が暗くなっていくのがわかる。
_____落ち着いて、大丈夫…
自分に呪文をかけるように、祈る。
一つ、深く息をして、誠君を見た。
そこには、昔から今も変わらない穏やかな眼差しがあった。
「行こう!」
「うん」
誠君の提案で、歩いて一度高校に寄り道してから、お好み焼き屋さんへ行く。
あれからまだ4年?5年?ほどしか経ってないのに、とても昔のような感じがした。
「懐かしいね!」
「…うん」
体育館のそばを通ったら、バレー部とバスケ部の掛け声が聞こえてきた。
_____あの頃は何も考えず、ボールだけを追っかけていたなぁ
途中の駄菓子屋さんにも寄った。
その横にあるバス停は、優子が使っていた。
誠君は、懐かしい思い出をまるで答え合わせをするように話してくれる。
時々、優子の名前が出てきて、まだ私の心はチクリと痛んだ。
【お福】というお好み焼き屋さんが見えてきた。
暖簾をくぐってガラガラと引き戸をあける。
「こんにちは」
「いらっしゃーい、好きなとこ座ってね」
あの頃と変わらない、ちょっと恰幅のいいおじさんがお水を持ってきてくれた。
「俺は、なんにしようかな?これかな?豚玉スペシャル。ヒロは?」
「イカ…」
「イカ玉ね!毎度!」
鉄板に火をつけてから、テーブルの脇に引っ掛けてある大学ノートを見つけた。
「これ、まだあるんだね!」
「ホントだ…」
「どれどれ…覗いてみるか」
ここには、伝言ノートというものが各テーブルにあって、来た人が思いついたことをあれこれ綴っていく。
漫画だったり、独り言だったり、文句だったり、悩みだったり。
名前は必要なくて、適当に書いていく。
ルールはただ一つ。
“名指しをしないこと”
いいことも、よくないことも、決して個人名を出さないことだった。
よくよく読めば、それはあの学校の数学の先生だとか、あっちの学校の男子のことだとか、推測することはできる。
でも、敢えてそれをせずに、書いていく。
それがある時から、ここに好きな人のことを書くと思いが通じるという伝説が生まれた。
実際にカップルになった男女らしい書き込みもあった。
「あ、これ、今度のクリスマスの約束をしてるみたいだね?」
「うわぁ…そうみたい…いいなぁ…」
“イブの夜、19時に駅の2番ホームで待ってるから”
“わかった、必ず行くから待っててね。プレゼント持っていくね”
どんな二人なんだろう?
_____クリスマスかぁ…
誠君は、その頃にはもういないんだよね。
誠君は、ノートに挟んであったボールペンを取ると、サラサラと何かを書き始めた。
「おまちどうさま!」
お好み焼きの材料がカップで運ばれてきた。
あとはそれぞれ焼くだけだ。
「ありがとうございます」
「あれ?ね、もしかして昔うちによく来てなかった?高校生の頃」
おじさんが私と誠君の顔を確認しながら、話しかけてきた。
「は、はい」
「そうだよね?あとさ、もう1人いなかった?髪が長くていつも一つに束ねてた子!」
「うん、いた…」
「そっかそっか、みんな元気?」
「うん」
「ここも、もうすぐ閉めちゃうけどさ、こうやって昔来てた人が来てくれてね、閉めるのが惜しくなっちゃったよ。ま、仕方ないけどね。ごゆっくり!」
おじさんと話してる間も、誠君は何かを書き続けていた。
私は鉄板に二つのお好み焼きをそっと乗せる。
「よし!焼くか!」
おもむろにノートを閉じると、ヘラを持ってお好み焼きのネタを広げる誠君。
「何…書いた?」
「秘密!なんてね、後で見て。そうだなぁ、クリスマスイブがいいかなぁ?おじさん、イブの日ってここやってる?」
「おー、やってるよ。お客さんが来るかわからないけどな」
「じゃあ、このノート、その日にこの子に見せて。それまで預かっといてよ」
「ん?いいよ、何か大事なことでも書いてあるのか?」
「秘密ってことでよろしく」
おじさんは、大学ノートを受け取ると奥へ引っ込んだ。
「えー、見たい…な」
「楽しみは、一番いい時までとっとくもんだよ」
「いいこと、書いたの?」
「さぁ?」
「ん、もー…」
イブは私1人になるから、寂しくないように何かを仕込んでおいてくれたんだろうな。
「焼けた!食べよう!おじさん、コーラもちょうだい」
「あ、わたし、も」
火傷しそうに熱いお好み焼きの味は、3人でよく食べたあの頃と同じだった。
3人で3種類をシェアしていたあの頃、今日は2人で2種類になったけど。
「優子に…」
「ん?どうした?」
「優子に、会いたい…」
「そうか、そうだよな。連絡先ならわかるから、後でおしえるよ。いいから、そのイカのとこちょうだい!」
「あーっ!」
「いただき!」
一瞬だけ、この空間があの頃に戻った気がした。
ゆっくり食べて、お腹いっぱいになってお店を後にする。
「じゃあ、イブの日待ってるからね」
おじさんが見送ってくれた。
「まこと、くん、公園…」
「公園?行きたい?」
「うん…」
それからまた2人で高校までの道を歩く。
あの頃とそんなに変わらない景色なのに、流れる雲や風の匂いが違う気がするのは何故だろう?
何が変わってしまったのだろう?
高校の脇から、公園へ続く坂道へ入ると、私は誠君の手を取った。
「冷たいね、ヒロの手」
そう言うと、誠君はそのまま私の手ごとポケットに手を突っ込んだ。
「あったか…」
「だろ?」
この仕草は、高校生の頃、優子の手を取った誠君がしていたことだ。
あの頃、私もして、とせがんだけど
“彼氏ができたら彼氏にやってもらいなさい”
とやってくれなかった。
_____今ならいいの?ねぇ、誠君…
「まこと、くん…誠君が…好きだよ」
ゆっくり歩きながら、思わず言ってしまった。
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