第228話 別に嬉しくはない

 レックスたちは空中都市の山頂に降りたようだ。


 選んだ理由は、ドラゴンが着陸しやすかったからだろう。


 最初は制御センター周辺の草原を狙っていたが、砲台を見つけて場所を変えたのである。


* * *


「きたよ。きた! きた!」


 空中都市のビルっぽい建物に入り、高層から入り口を監視していたら、セラビミアが声を出して指さした。


 金属鎧と片手剣を持つレックスがいた。


 両隣には両手剣を持つベルタと、木のスタッフを抱きしめながら周囲をキョロキョロ見ているヴァーリアもいる。


 さらには、乗ってきたドラゴンが上空を旋回しているので、戦闘が始まればレックスを助けるために動きそうだ。


 都市を歩く三人は俺の時と同じように、地上よりも優れた建物やメンテナンスする謎の生き物に驚いていた。


「まだ、アイアンゴーレムは出てこないのか?」


「もうちょっと奥に入り込んでからだね。今だと逃げられちゃうかも」


 街並みに驚きながら、順調に市街地へ向かっている。


 建物が多く、上空から発見しにくい。


 このタイミングで、隠れていたアイアンゴーレムが、わらわらと出てきた。


 数百はいるだろう。


 レックスは勇敢にも斬り込んでいく。


 騎士ぐらいの強さはあるようで、アイアンゴーレムは一振りで切断していくが、魅了や設定の暴走などは使えないので苦戦している。


 ベルタやヴァーリアも参戦しているが、数に押されていた。


「余裕で勝てそうだな」


 ジワジワと削って終わりそうだ。


 なんて思っていたら、上空で待機していたドラゴンが急降下。


 レックスの近くに降り立つとブレスをはいた。


 アイアンゴーレムは紙のように吹き飛び、空中でバラバラになる。


 風属性のブレスによる見えない刃によって、斬り刻まれたのだ。


「ちゃーんす!」


「おい! 待てよ!」


 静止する声なんて無視して、セラビミアは窓から飛び降りてしまった。


 刀身が透明な剣を逆手に持つと、ドラゴンの頭に着地。


 突き刺すと、根元まで深く入り込んだ。


 堅い鱗や骨を貫通して、脳まで到達しているだろう。


「グアァァアアアア!!」


 首を振ってセラビミアを振り下ろそうとしながら、ドラゴンは暴れている。


 近くにいたレックスたちは建物に隠れて無事なようだが、アイアンゴーレムだとそうはいかない。


 ドラゴンの足で潰され、横に動く尻尾で吹き飛ばされている。


 さらには建物に突っ込んだので、いくつかは倒壊した。


「これはマズイかも!」


 魔力制御の首輪を付けられているセラビミアは、剣を引き抜くと慌てて逃げ出す。


 全力で走っていたこともあって、ドラゴンや建物の下敷きにはならなかった。


 大きな音が響き渡り、空気が振動すると同時に、ドラゴンの姿が土煙の中に消えていく。


 周囲の建物が倒れたのだ。


 先ほどまで騒々しかった環境とは異なり、今はパラパラという小さな音しか聞こえてこない。


 セラビミアは回避が間に合ったようで、歩きながら土煙から出てきた。


 俺の方を見て手を振る。


 自分が元気であることをアピールしているようだ。


「別に嬉しくはない」


 だから手を振り返すことはしない。


 レックスたちの安否を確認するため、黙って窓から離れ、階段を下りて通路に出た。


 空気がほこりっぽい。


 腕で口と鼻を抑えながら歩く。


「こっちだよー!」


 明るい声を出し、手を振りながら呼んでいるのはセラビミアだ。


 楽しそうにしているのがムカつくので、後ろを指さして危険が近づいていると教えた。


「殺すッ!!」


 怒りを露わにしたレックスは、銀色に鈍く光る片手剣を振り下ろし、セラビミアへ斬りかかった。


「甘いよ」


 腰をひねり、刀身が透明な剣を間に滑り込ませる。


 奇襲されたというのにセラビミアは簡単に受け止めてしまったのだ。


 力が制限されてもなお、超えることのできない圧倒的な差が存在する。


「君は私のジラール男爵が相手するらしいよ。生き残れるといいね」


 剣を押し返してレックスのバランスを崩すと、セラビミアは腹に蹴りを入れた。


 金属の鎧が歪むほどの威力があり、吹き飛んでゴロゴロと地面を転がる。


 俺の近くで止まった。


「死ね」


 隙だらけの敵を見逃すほど、俺は優しくない。


 頭に向けてヴァンパイア・ソードを突き出すと、レックスは首を動かして薄皮一枚で回避されてしまった。


 横に転がり、立ち上がったレックスは俺を睨んでくる。


「卑怯だぞ」


 他人を狂わすような能力を持っている男に言われたくない。


 仲間として連れてきた女も、お前の魅了か何かで正常な判断ができないようにしているんだろ。


「勝てばいいんだよ」


「だよな! 俺もそう思う!」


 レックスの目が怪しく光ったように感じた。


 視線を外しても体中を何かが這いずり回る感じがして、判断能力は落ちているような気がする。


 頭を殴ってみたが、思っていたほど痛みは感じない。


 全ての感覚が鈍っているようだ。


「無駄だよ。大人しく俺の言う通りに動け」


 手の甲に強い痛みが走り、急に意識がクリアになった。


 頼もしい相棒が助けてくれたのだ。


 セラビミアはヴァンパイア・ソードの能力を知っているからこそ、レックスに勝てると確信しているのだろうか。


 いや、違うな。


 主人公らしい姿を見せてくれると信じているだけだろう。

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