第206話 私は側室になっても良いよ?

 なんてことを考えていたら、セラビミアから殺気が漏れ出していたことに気づく。


「ジラール男爵。今の話詳しく聞かせてもらえないかな?」


 何に対して怒っているのか分からんが、ただ事ではないことだけは伝わってくる。


 虎の尾を踏んだ。


 なんてことわざがあったが、まさに今がその状態だ。


 新勇者として任命されたレックスですら、動けずにいるのだから。


 このままだと、ここが戦場になってしまう。


 止めないと、俺ですら無事でいられるかわからないプレッシャーを感じる。


「この場で言わないとダメか?」


「後でなら教えてくれるの?」


「もちろんだ。俺とセラビミアの仲じゃないか」


 今まで一度もしたことがなかった笑顔を、セラビミアに向けてみた。


 ちょっと引きつっている自覚はあるが、過去の事件を考えれば仕方ない。


 数秒見つめ合い、そしてセラビミアから放たれていた殺気が急速に霧散した。


「その変な笑顔に免じて、君の言葉に従うよ」


 俺の肩に手を置いたと思ったら、そのまま抱き寄せられてしまった。


 今度はこっちが驚く番かよ!


 抵抗するわけにもいかないので、黙ったままだ。


「ジラール男爵は暗殺事件と関係ないとわかったから、持ち帰っても良いよね?」


 ベルモンド伯爵、女戦士のベルタがレックスを見た。


 決定権はヤツにあるらしい。


「一つ聞きたい。ジラール男爵とは、どんな関係なんだ?」


「見て分からないかな」


 と言ってから強く抱きしめ、尻を触られてしまった。


 これから結婚するというのに、なんてことをするんだよ!


 仲が良い程度で終わらせてくれれば良いものを!


「……ジラール男爵は、別の人と結婚すると聞いていたけど?」


「勇者じゃなくなった私は、ただの平民だからね。貴族であるジラール男爵が、手を出しても問題にはならないでしょ」


 なんかとんでもない会話が飛び交っているが、セラビミアの腕が俺の首に伸びたので、口は挟めない。


 余計なことを言おうとしたら、骨を折られそうな気がするぞ。


「こんな弱小領主のどこに魅力があるんだ――ッ!!」


「レックス君、今の言葉はジラール男爵を馬鹿にしたのか?」


 声は冷たく、また殺気を放った。


 しかも先ほどよりも強い。


 愛する男を馬鹿にされてキレた女なんて印象を与えてそうで、最悪だ……。


「……俺の失言だった」


「そう思うなら出て行ってくれない? 私はジラール男爵と話したいことがあるから」


「好きにしろ」


 大人しくレックスとベルタが部屋を出ていった。


 残ったベルモンド伯爵がセラビミアに声をかけようとする。


「私は、ジラール男爵を裏切ろうとしたベルモンド伯爵を許してはいません」


「この場に来れるよう、協力したんだぞ?」


「協力したから生かしているんですが……それ以上をお望みで?」


 伯爵と対等以上の会話をしている。


 先ほどは、勇者という称号がなくなって平民になったと言っていたが、戦闘能力は健在なのでこの態度も不思議ではないか。


 むしろ、無理やり結婚を迫ったリーム公爵の方がおかしい。


「いや。ない。後は若い者に任せて、失礼させていただくよ」


 意味深なことを言うと、ベルモンド伯爵は軽く頭を下げて退出した。


 これで二人っきり。


 監視の目はない。


 セラビミアは俺から離れるとソファに、どかりと座る。


「さっきの態度は、やり過ぎだ」


 とりあえず、セラビミアに文句を言った。


 彼女が俺を狙っていることはわかっていたし、助けにくるとも思っていたので、この場にいることに疑問を感じることはない。


 真犯人を見つけて王家から俺が無実だと認めさせたのも、驚いたが予想の範囲内だ。


 俺とセラビミアが強固な関係を持っているとアピールできたのも良いことなのだが、先ほどのやりとりは恋人と勘違いされる。


 そこまでは求めてないんだよ!


「私は側室になっても良いよ?」


「俺が嫌だ。断る」


 なんで爆弾みたいな女を身内に抱えなければいけない。


 大変なときに助けてくれる、都合の良い女ポジションでいてくれよ。


「うーん。残念。もし側室になれたら二人とも夜も楽しく過ごせたのに」


「アデーレとユリアンヌに手を出したら許さないぞ」


 とっさにヴァンパイア・ソードの柄に手を置いてしまった。


 思っていた以上に、新しい嫁を大切にしていると気づき、俺自身が驚いている。


「冗談だよ。ちゃんと大切にするんだよ」


 軽く手を上げて、セラビミアが降参とも言いたそうなポーズをした。


 こいつ、絶対に冗談で言ってないだろ。


 本気だったはず。


 今後も油断はできない。


「だったらいい」


 表面上は怒りを収めたように見せながら、俺もソファに座る。


 正面にいるセラビミアの目を見た。


「で、俺を残した理由は? 何が知りたい?」


 心当たりはあるが、本人から直接聞きたかったの。


 返事を待っていると、セラビミアはパチンと指をはじく。


 周囲が急に静かになった。


「防諜の魔法を使った。これで盗み聞きは絶対にできない」


 攻撃的な笑みを浮かべながら、話を続ける。


「私が考えた大切な設定を狂わしている人物がいる。その犯人はレックスで、当たりかな?」


 ようやく怒りの理由がわかった。


 自分の考えた世界に転生できたと思ったら、大切な設定を狂わされているんだ。


 ゲームの制作者として許せない一線を越えている、なんて感じているんだろう。

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