第147話 共犯になってもらうぞ?

「まさか。そんな大それた願いなど持っておりません」


 と言いつつ、ケヴィンは不服そうな顔をしている。


 初代の悲願を叶えたいがために、俺に大人しく仕えているのか?


 何を考えている?


 腹の底が見えん。


「……それならいい。俺は王家に忠誠を誓っているし、今の立場に満足している。余計な発言はするなよ」


 隣領にセラビミアがいるんだから、ちょっとした噂話だって伝わるかもしれん。


 細心の注意を払う必要があるだろう。


 それに初代ジラールの行動にも疑問は残る。


 王国を作ろうとしたのに、なぜ子孫に伝えなかった?


 ヴァンパイア・ソードなんて強力な武器を一緒に埋葬していた理由も気になる。


 しばらくは様子見しておく必要があるだろう。


「もちろんでございます」


 納得したのか……? 態度からでは分からない。


 グイントに命令してケヴィンの周辺調査をさせるべきだろうか。


「恐ろしい話は終わりにして、紅茶にしませんか?」


 緊張した空気を壊したのはルミエだ。


 カップに紅茶を淹れると机に置いた。


 甘い匂いが鼻腔をくすぐり、緊張した心がほぐれていく気がする。


「そうしよう」


 ケヴィンの存在は無視して、紅茶を一口飲んでからルミエに話かける。


「ルートヴィヒについて話がしたい」


 先の戦いで、ルートヴィヒは全治一ヶ月ほどのケガを負ってしまった。


 そのことで、一つの懸念が思い浮かんでいる。


「あの子が、何かしましたか?」


「よく働いているし、強くもなったが……」


 アデーレ級の敵と対峙したときに生き残れる強さは持っていない。


 一般兵レベルとしては優秀だが、結局はそこで止まってしまっているんだよな。


「次に似たような戦いがあったら、死ぬかもしれん」


 唯一の家族であるルートヴィヒが戦死したら、ルミエは俺を恨むかもしれん。


 裏切りフラグが立ってしまう可能性があるのだ。


 ゲームのシナリオ通りに動いて、他領に移動されたらやっかいである。


 表に出していない情報もルミエは知っているので、裏切りの兆候が見えたら早めに処分しなければならん。


 ……できれば、したくはないが。


「あの子は、ジラール領のためなら死んでも良いと言っていますし、私も覚悟はできております」


「戦死しても悔いはないのか?」


「もちろん生き残って欲しい気持ちはありますが、死んだとしても運命だと受け入れますよ」


 にっこりと微笑んだルミエは、俺の手を優しく握る。


 積極的に触れてくるなんてめずらしい。


 顔が近くにあって目が合うとドキドキしてしまう。


「それより、ジャック様が心配です」


「俺が、か?」


「はい。ご当主だというのに戦っておりましたから」


 俺の身を案ずる気持ちがあったことに驚いた。


 最強の護衛であるアデーレがいたから危険はなかったんだが、戦場から離れている場所にいたルミエからすると、不安で仕方がなかったらしい。


「弟は死んでもよくて、俺には生きて欲しいのか?」


 意地悪な質問をしたという自覚はあるが、ルミエが何を考えているのか知るには必要なことだ。


 誤魔化されないように、しっかりと相手の目を見る。


「……どちらか一人を選べ、なんて言われたら、迷わずジャック様を選びます」


「唯一の家族が死んだとしてもか?」


「はい。ルートヴィヒなら、そう願いますから」


 全身から力が抜けてしまった。


 ルミエは俺じゃなく、ルートヴィヒを見ていたからだ。


 結局のところジラール家やジャックなんてどうでも良く、ルートヴィヒが全てなのである。


 なぜかショックを受けてしまい、少しだけ心が痛んだ。


「ふん。ルミエはルートヴィヒのことばかりだな」


 だからだろう。


 らしくもなく、子供っぽく拗ねてしまった。


 ケヴィンがニヤニヤと笑っているのがムカつくから、後でお仕置きだ。


「あらあら、久々に甘えんぼのジャック様が出てきましたね」


 手を離したルミエは、つかつかと歩いて俺の隣にくると、急に抱きしめた。


 顔に柔らかい山が二つ当たり、先ほど傷ついた心が癒やされていくような気がする。


「今のジャック様なら、全てを捧げても良いと思っていますし……」


 話ながらルミエの顔が近づく。


「何をしてもついていきますよ。ご両親が死んだとしても、ね」


 耳元で囁かれた。


 両親殺害未遂の現場を見たルミエは、俺があの時、計画を実行したとしても受け入れると言ったのだ。


「いいのか?」


「もちろんです。もう、覚悟は決めましたから」


 ゲームでは裏切るはずのキャラが、ここまで俺に信頼を寄せている。


 理由はルートヴィヒの扱いをよくしたからか?


 完全に信じるつもりはないが、この状況は利用できる。


 アデーレに続き、ルミエを味方に引き込むチャンスなのだ。


「そうか」


 気合いを入れて胸から離れると、今度は俺が耳に口を近づける。


「共犯になってもらうぞ?」


 ケヴィンに聞こえないように小声で呟いた。


 俺が何を望んでいるのか、ルミエなら短い言葉からでも理解しただろう。


「ジャック様のお望みであれば」


 言い終わるとルミエが俺から離れる。


 何事もなかったかのように紅茶をデスクに置くと、カートを押して部屋を出て行った。


 あっさりとしていやがったな……。


「仲がよろしいことで。手でも出されましたかな?」


「ジジィとエロトークするつもりなんてない」


 そういえばコイツ、昔はお盛んだったという設定があったな。


 戦場で捕まえた女兵を弄んでいたなんて一文が書かれていたのを思いだしたのだ。


「さっさと出て行け」


 俺の機嫌が悪いと察したケヴィンは、執務室を出て行った。


 これで一人である。


「ルミエの言葉が本当か、確かめるか」


 残っていた紅茶を飲み干すと立ち上がり、両親の部屋に忍び込む。


 翌日、前当主が死んだと領内に発表することになった。


 周囲はざわついたが、ルミエやグイントは変わらず、俺に仕え続けている。


======

ここで一区切りつきました。

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