第141話 そろそろ代償を支払うときだ

 デュラーク男爵の兵と戦っていたアデーレは、無傷で勝利している。


 生き残りは、無表情のまま地面に座り込んでいるメイドのメデイアだけだ。


 大切な男のために、嫌いなデュラーク男爵の下で働き続け、最後の最後に裏切って殺した、おっかない女でもある。


「気分はどうだ?」


「スッキリすると思ったんですが、最悪ですね」


 復讐は心に一区切り付けるだけで、失ったものは戻ってこない。


 人によっては前に進めることもできるだろうが、メディアは真逆のパターンみたいだな。


 後を追いたい。


 そんなことを思っていそうな顔、そして声をしていた。


「ジラール男爵には感謝しています」


 うつろな目をしたメディアが俺を見た。


「なぜだ?」


「ここまで追い詰めてくれたから、私の手でクソの処分ができましたので」


 平民も魔力を持っているが、貴族の方が総量は多く、扱いにも慣れている。


 戦闘能力に圧倒的な差があるので、メディアが背後から襲っても殺すことは難しかったはず。


 俺が瀕死の状態にしなければ、復讐する機会は永遠に訪れなかっただろう。


「そうか」


 短く返事をしてからヴァンパイア・ソードをメディアに向ける。


 貴族殺しは死罪だと決まっているからだ。


 しかも、仕えている主を裏切ったのだから、罪はさらに重い。


 一族郎党皆殺し。


 それが王国法で決まっている処刑内容である。


 子供でも知っていることなので、当然、目の前のメディアだって俺が何をしようとしているのか、分かっている。


「お前に家族はいるか?」


「いません」


 嘘かどうかは、後で調べれば分かる。


 この場でメディアの言葉は疑わない。


「覚悟はできているという訳か」


「はい。ジラール男爵には、最後までご迷惑をおかけいたします」


 礼儀正しく深く頭を下げた。


 愛する男さえ生かしておけば、従順なメイドだったのかもしれないな。


 言葉づかいや動きからして、メイドとしての教育は受けていると感じるし、平民出身と考えれば優秀だと考えても良いだろう。


 だからだろう。


 メディアの姿にルミエを重ねてみてしまう。


 俺がルートヴィヒを使い捨てたら、デュラーク男爵のように裏切られて殺されていたかもしれない。


 決して、他人事ではないのだ。


「俺が殺せば、死なずに済んだのに。バカな女だな」


「分かっております。それでも、私の手で殺したいという気持ちを、抑えることはできませんでした」


 淡々と語る声が、本音を言っていると思わせる。


 愛に生きる女か。


 前世の元妻と違って一途なところが良い。


 人として好感を持ってしまい、話を続けていたら情が湧いてしまいそうだ。


「では、そろそろ代償を支払うときだ」


 ヴァンパイア・ソードを振り上げる。


 首を斬りやすくしようとしたのか、メディアは頭を下げたまま動かない。


「ジャック様ッ!」


 会話に時間をかけすぎたのか、残党狩りをしていた俺の兵たちが集まってきた。


 その中にはアデーレもいる。


「何だ?」


「メイドまで殺す必要があるので?」


 俺に聞いてきたのはルートヴィヒだ。


 姉がルミエなので、メイドが死ぬのに抵抗があるのかもしれない。


「何を言っても無駄だ。お前らだって見た――」


 言いかけて口を止めた。


 デュラーク男爵を殺した瞬間は、俺以外誰も見ていないことに気づいたからだ。


 死体は干からびていて、第三者が見れば俺が殺したと判断する状況である。


 メディアが貴族を殺したから処刑するとは、誰も気づいていない。


 この俺が黙っていれば生き残る道はある、か。


「ジャック様?」


「いや、なんでもない」


 様子がおかしいことに気づいたルートヴィヒに短く返事すると、降って湧いた二択に頭を悩ます。


 このままメディアを処刑しても問題にはならない。


 貴族殺しの罪に問わなくても、戦場に出てきたので兵としてカウントしても良いからだ。


 だが、無意味にメイドを殺した領主という印象はついてしまう。


 貴族殺しだと説明しても、証拠がないのでアデーレ以外は信じないかもしれん。


 一方で、生かした場合はどうだ?


 周囲は慈悲深いと評価するだろうが、裏切り者を生かすことになる。


 俺を害することはないと思うが、あまり気分の良い状況ではないな。


 どっちを選んでも愉快なことにならないのであれば、本人に選ばせるのもありか。


 もし死にたいと言ったら、兵たちから無意味に人を殺す領主というイメージは払拭できるし。


「お前は、この場で死にたいか?」


「…………」


 即答はできないか。


 葛藤があるようだ。


「本来ならあり得ないことだが、生きるか死ぬか、選ばしてやる」


「この私はデュラーク男爵を――」


「それ以上は、しゃべるな」


 最後まで言ったら殺すしかなくなるからな。


 別にそれでも構わんが、選ばせてやると決めたのだから変えたくはない。


 俺は、自分が吐いた言葉を裏切りたくないから。


「…………彼のお墓に行って、デュラーク男爵が死んだことを報告したいです」


「それまでは死にたくないか」


「……はい」


 答えは出た。


 この場で殺す必要はない。


 ヴァンパイア・ソードを鞘にしまう。


「生き残りは捕虜として捕まえろ。俺が処分を決めるから、勝手に手を出すなよ?」


 大工職人の時に教育した成果が出たようで、兵たちは緊張感のある声で返事をした。


「ルートヴィヒ、命令を守るように監視しろ。万が一、違反をしたヤツは必ず俺に報告しろよ」


「かしこまりました」


 残りは戦後処理だな。


 セラビミアとも話し合わなければならんし、アデーレと一緒に屋敷へ戻るとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る