第130話 兵舎を見学しに行く

 二日後、ルートヴィヒは十人の兵を連れてやってきた。


 これで、二十名の兵が滞在することになったな。


 風紀は乱すなよとだけ伝えると、現場の指揮を任せることにする。


 俺が天幕から離れると知って、大工職人や兵が露骨に安堵していたが不安はない。


 ルートヴィヒが適切に管理することだろう。


 自由に動けるようになった俺は、アデーレやセラビミアと一緒に冒険者っぽい見た目に着替えると、ギルドカードを偽造してデュラーク領に潜入。


 馬に乗って移動し、今は領主の屋敷がある町にいる。


「俺の領地と変わらんな」


 ジラール領より栄えているのは間違いないが、結局は田舎の男爵領である。


 建物や人口、店の品揃えなど、ぱっと見は同じだ。


 ただ、行き交う人たちの表情は暗かった。


 増税が実施されたらしく、物価が上がっているのだ。


 市場に行って果実の値段を調べてみたが、ジラール領より高いから驚きである。


 さらに食料の買い占めが始まっていて、ほとんどが売り切れていた。


 この状態が続けば、領地は疲弊して衰退していくことだろう。


「典型的な田舎領主って感じだね。面白みがないなぁ」


 後ろからセラビミアが、つまらなさそうに呟いた。


 顔をさらしているので正体がバレるんじゃないかと不安だったが、勇者の顔を知っているヤツなんて貴族の中でも少ないので、問題ないらしい。


「だったら、付いてこなければいいだろ」


「冷たいなぁ」


 笑いながらセラビミアが俺に近づくと、アデーレが間に入った。


 貫くような目で睨んでいる。


「今は襲おうなんて思ってないし、そこまで警戒しなくても大丈夫だよ?」


「貴方の言葉は信じられません」


「そんなこと言われたら悲しいな」


 演技っぽい発言をしやがって。


 冗談だとしても面白くない。


「私やジャック様は困らないので、どうぞ悲しんでください」


「……あれ? 私って、アデーレちゃんにかなり嫌われている?」


 自分が生み出したキャラクターに完全否定されて、セラビミアは驚いていた。


 ざまあみろ。


 自業自得である。


「ジャック様に敵対した人は全員嫌いです。その中でも、特にあなたは嫌いですが」


「あはは……言うねぇ」


 手痛い反撃を喰らって乾いた笑いをしながら、セラビミアは俺から離れた。


 これ以上、アデーレに嫌われたくないとでも思ったんだろうが、もう遅いぞ。


 最初に俺が出会い、築いてきた関係だ。


 他人には壊せないだろう自信がある。


「ケンカはそこまでだ。俺たちの仕事を忘れるなよ」


 デュラーク男爵の動きを知るために潜入したのだ。


 いつ、どのタイミングで、そしてどこを攻めてくるのか、それが知りたいのである。


「食料が品薄だというのは確認できた。次は兵舎を見に行くぞ」


 デュラーク男爵は出兵のために食料の買い占めを行い、さらに不安に感じた領民も食料がなくなる前に大量に購入するという連鎖反応が起き、品薄状態が続いている。


 決戦の日は、間違いなく近いだろう。


「兵舎を見学しに行く」


 ジラール領と似ていて町の端に兵舎がある。


 魔物に町が侵略された際、抵抗の拠点として使えるように塀で囲んでいるが、さほど高くはない。


 近くにある教会の尖塔から、のぞき込めるぐらいだ。


 と言うことで、やることは一つ。


 教会への侵入である。


 特別な理由がなければ教会の構造はほぼ同じなので、下調べなんていらない。


 冒険者を装った俺たちは、表から堂々と入って礼拝堂を進む。


 途中に教会内部に進めるドアがあったので、開いて中に入った。


 教会の依頼を受けた冒険者だと思われたのだろう。


 誰にも止められることはなかった。


 細い通路を進むと、足音が聞こえてきたので止まる。


 正面には左に曲がる通路があるので、その先に人がいるんだろう。


 尖塔に通じる階段は、この先にあるはず。


 引き返すわけにはいかない。


「どうするつもり?」


 セラビミアが小さく呟いた。


 返事をする代わりに魔法を使う。


『シャドウ・スリープ』


 ドサッと、誰かの倒れる音が聞こえた。


 静かに歩いて左の通路を覗いてみる。


 教会で働いているシスターが、一人横たわっていた。


 近くで壺が割れおり、床には水が飛び散っているので、何らかの事件が起こったように見えるな。


 頭を床にぶつけたようだが、絨毯の上だったこともあって大事には至ってない。


 隠蔽するにしても時間がないので、放置一択である。


「先に進むぞ」


 すぐ近くに尖塔に行く階段があったので、上がっていく。


 鐘を鳴らす時間ではないから、誰ともすれ違わず頂上に出た。


 眼下には建物の屋根あり、壁に囲まれた兵舎の中も確認出来た。


「デュラーク男爵が、兵に演説をしていますね」


 革や金属製の鎧を着ている兵が整列している。


 そいつらの前に、一人だけ装飾過多な服を身につけた男が話していた。


 セラビミアの言葉が正しければ、あれが俺の領地を狙っているクソ男爵……デュラークか。


 想像していたより歳を取っている。


 遠目からだと四十才ぐらいに見えた。


「後ろには騎士……いえ、嫡子もいますね」


 デュラーク男爵の後ろで、腕を組んでいる男がいた。


 見たことのない顔ではあるが、セラビミアの言うとおりであれば、次期当主だと期待されている息子なんだろう。


 貴族なんだし、魔力量はあるはず。


 息子がいるから、ヨン卿を領内の隅に追いやることができたのであれば、騎士と同等以上の力が発揮できるはずだ。


 失策が続くデュラーク男爵の息子だからって、油断したら痛手を食らいそうだな。

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