第101話 やり過ぎだ。嘘はいけない
衣食住は無償で提供、給金は一般的な平民より少し多い程度。激しい訓練と死ぬ危険もあるが誇り高い任務あり。死亡時には、家族に見舞金を支給する。
といった条件で私兵を募集したら、応募は百名以上あった。
俺が思っている以上に仕事にあぶれた男は多くいるようで、想定していたよりも体力測定や技能検定に時間がかかってしまった。
私兵はジラール領出身者でかためたいため、今回は冒険者からの応募はすべて弾いたが、緑の風のような有名キャラがいたら別口で採用していただろう。
新兵の訓練も始まっていて、アデーレやユリアンヌが徹底的に鍛えていると聞いている。
このように領内を守る兵力に大きな変化が訪れているので、現状を把握するため視察することにした。
◇ ◇ ◇
兵舎の前にある訓練場では、兵がずらりと整列しており先頭にはルートヴィヒがいる。
俺はふかふかのクッションがある椅子に座ると、肘掛けに腕を置きながら眺めることにした。
後ろにはルミエが日傘を持って立っており、強い陽差しを遮ってくれている。
紅茶の入ったポッドやコップも持ってきているようだし、気の利くメイドだな。
左右にはフル装備のアデーレとユリアンヌがいて、鬼教官という面構えをしていた。
普通の貴族だったらドン引きしそうなほど戦意が高く、殺気をビリビリと感じてしまう。
この様子が日常だったら、兵達は苦労していそうだな。
「ジラール男爵が視察に来ているが、訓練は普段通りだ! 今日も死ぬ気で体を動かせッ!」
叫んだのはルートヴィヒだ。
ちょっと前までは一般兵だった上に、兵長としての教育などしてこなかった。
なのに今は、兵長としての威厳のようなものがあるように感じる。
裏でルミエがサポートしたと思うが、本人の努力抜きではここまで成長できなかっただろう。
「良い男になったな」
後ろに控えているルミエにも聞こえるぐらいの声で呟いた。
表情は見えないが自慢の弟を褒められて悪い気ははしないだろう。
整列していた兵が二つのグループに分かれると、隣で立っていたアデーレとユリアンヌが口を開く。
「ジャック様、私が強いことを証明してきます」
「旦那様、私の活躍を見てくださいね!」
兵を鍛えるという目的を忘れていそうな発言をしてから歩き出し、アデーレは左側、ユリアンヌは右側のグループに向かう。
最後まで睨み合っているようだったのだが、大丈夫なのだろうか。
もし兵への悪影響が強いようであれば、教官という立場から降ろすことも考えておこう。
「何か飲みたい」
「紅茶をご用意いたします」
やることはなく暇なので、喉を潤すことにした。
普段は見かけない女性が、銀のカートを押して俺の隣に来る。
歳は十五ぐらいだろうか。
幼さが残っているセミロングの茶髪のメイドだ。
ジラール領でよく見かける田舎っぽい顔立ちをしていて、聞かなくても地元採用だというのが分かった。
「メイド見習いか。新しく雇ったのか?」
「私一人では管理が大変でしたので。面談はケヴィン様がされました」
予算内であれば見習いのメイドや執事の採用はケヴィンに任せている。
本当は俺が直々に人柄を確認してやろうと思っていたのだが、領主が末端の採用まで口出すのはおかしいと止められているのだ。
邪魔な常識だな。
正式にメイドへ昇格するには俺の面談が必要なので、ケヴィンにとって都合の良い人材ばかりが増えるようなことはないだろう。
最低限の警戒はできているはずだ。
「そうか」
短く返事をしてから、新しいメイド見習いの動きを見る。
ポットを持つ手が震えていて緊張しているようだ。
領主である俺が近くにいて落ち着かないんだろうか。
「仕事には慣れたか?」
緊張をほぐしてやろうと思って声をかけたが、逆効果だったようだ。
ビクンと体が動いた。
紅茶を淹れていた手がブレてしまい、カップに入っていた紅茶が銀のカートにこぼれてしまう。
「……あ、ああ……」
涙をボロボロとこぼして泣き出してしまった。
俺の服にかかったわけではないので、そこまで怯えなくても良いのだが。
悪評のせいで怯えているのか?
「殺され……ちゃう。お父さん、お母さん……ごめんなさい」
おい!
殺人鬼じゃないんだし、その程度のミスで殺すわけないだろッ!
教育担当が何か吹き込んだに違いない。
後ろを見てルミエを見る。
「そのぐらいの緊張感を持った方が、サボらなくて良いかと」
「やり過ぎだ。嘘はいけない」
癒やし枠だと思っていたルミエだが、部下には厳しいようだ。
命がけで仕事をしろと言っているとは思わなかったぞ。
適度に俺を畏れるのであれば問題ないが、今回は少しやり過ぎだ。
俺が生活しにくくなるので、怯えながら泣いているメイド見習いに声をかける。
「この程度のミスなら許そう。早く紅茶を淹れるんだ」
「え、許していただけるのですか……?」
「そうだ。二度は言わん。さっさと続きをしろ」
「は、はい!」
涙は目に溜まったままだが、紅茶をカップに淹れ終わると後ろに下がった。
カップの取っ手を持って口に含む。
「味は悪くない。見習いにしてはよくやった」
紅茶の味なんてよく分からないが、不味くなかったので褒めておいた。
メイド見習いは安心した様な顔をしているし、これで俺の悪評は改善されたことだろう。
カップをソーサーに置いてから、訓練場を見る。
そろそろ、模擬戦が始まるところだった。
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