第86話 私はここで死ぬべき……

「お父様! なんで!! 私の攻撃なんて、防げたはずなのにっ!」


 ユリアンヌは剣を手放して、ヨン卿を抱きしめた。


 娘が裏切り者でないことを証明するために自らの命を使ったのか?


 家族と一緒に逃げ出す選択も出来ただろうに。


 バカな男だ。


 血によって赤く染められた手で、ヨン卿はユリアンヌの頬を触る。


「お前の攻撃は見事だった。私を超えるほどにな」


 言い終わると同時に、俺を見た。


 娘は騎士を倒すほどの力があり、親を殺すほどジラール家に貢献する覚悟がある。


 それを見せたぞ。


 とでも、言いたそうな顔だ。


 これも一種の親馬鹿とでも言うのだろうか?


 常人ではマネできないほど愛情が深い。


 ヴァンパイア・ソードを手に持ちながら、剣が腹に刺さったヨン卿の前に立つ。


「ジャック様……」


 瞳が揺れていて、ユリアンヌは不安そうにしている。


 父親を助けて欲しいと思っているが、口に出してはいけないとでも思っているだろうな。


「ヨン卿、いくつか質問がある」


「何でしょう……か」


「なぜ、この森にいる? 最初から俺を裏切るつもりだったのか?」


「ジラール男爵が出発した直後に……デュラーク男爵から使いの者がきました。その時に……すべてを知らされたのです……」


 この話が本当であれば、事前に何も知らされてなかったことになるな。


 ヨン卿の性格を考えれば納得できる判断ではある。


 デュラーク男爵に逆らえば家に残した妻が危ないだろうし、ヨン卿は被害者に近い立ち位置ではあるな。


 こうなったら最初から話を聞きたいが、ヨン卿から流れ出ている血の量がヤバイ。


 途中で力尽きてしまうかもしれないので、傷を癒やす必要があるだろう。


 俺が持っている五級のポーションを傷口に振りかけても意味はないだろうし、ヴァンパイア・ソードは呪われているので手から離れない。


「話を聞く前に傷を癒やせ。回復ポーションは持ってないのか?」


 ヨン卿は首を小さく横に振って否定した。


 生き残るつもりはなかったんだろうな……。


 その潔さは認めるが、全員がそんな覚悟を持って戦場に出られるはずがない。


 視線をグイントの方に向ける。


「あのデブならポーションを持っているかもしれない! アデーレも協力して、急いで調べろ!」


 もし俺の予想が外れてポーションがなかった場合、死んでしまうかもしれない。


 グイントが調べている間にも、話を聞くとしよう。


「ユリアンヌを婚約者にするところから計画始まっていたのか? すべて話せ」


「……デュラーク男爵から『隣の領地と良好な関係を築きたい』と言われ、婚約者の候補として似顔絵をお送りしました」


「それを信じたのか」


「はい。ジラール領は当主が変わったと聞いていましたので、自然なタイミングでしたので」


 領地を運営しているのは、人である。


 トップが変われば組織も大きく変わるタイミングではあるので、デュラーク男爵の言い分はもっともである。


 裏はないと、判断したんだろうな。


「なるほど。デュラーク男爵は婚姻によって、ジラール家を支配しようと考えていたのか」


「恐らく計画の一つには入っていたと思いますが、婚約が成立しなくても問題はありませんでした。いや、元々は期待していなかったのかもしれません。体に傷がある女性を妻にしたいと思う貴族がいるとは思えませんので」


 遠回しに俺が変わり者だと言われてしまったが、事実なので突っ込まないでおくか。


「……その通りだな」


「私が会った使者が言うには、ジラール領に入り込めれば、結果はどうでも良かったようです」


 俺の領地に入る口実を作りたいがために、フロワ家や俺を騙していたのか。


 人の心を弄ぶ最低な計画だなッ!!


 ユリアンヌが悲しそうな顔をしていることもあって、デュラーク男爵に苛立ってくる。


「デュラーク男爵の使者と会った後は、すぐにジラール男爵の屋敷を出て、セシール商会と合流。この森にやってきました」


「お前達は、ここで何をしていたんだ?」


「遺――ゴフッ、ゴフッ、ガハッ」


 痛みに耐えて会話をしていたヨン卿だったが、ついに体が保たなくなったようだ。


 激しい吐血を繰り返して咳き込んでいる。


 ポーションはまだかとグイントを見ると、デブ男を真っ裸にして物色していた。


「あったか!?」


「はい! これかと!」


 グイントの手には紅い液体の入った瓶があった。


 何級かは分からないが、大切な息子に持たせたんだから四級以上はあるだろう。


 もう時間が無いので悩んでいる余裕はない。


「投げろ!」


「は、はい!」


 瓶が弧を描きながら俺の所に飛んできた。


 瓶を割らないように優しく受け止めてから、蓋を取る。


「剣を抜け」


 ユリアンヌが剣の柄に手をかけると、ヨン卿が手を伸ばして邪魔しようとする。


 このまま死にたいとでも言うつもりなんだろうが、そんなこと俺が許さん!


「ユリアンヌッ!」


「はい!」


 ヨン卿の制止を無視して剣を引き抜いてからすぐ、ユリアンヌは体を押さえた。


 血が流れ出ている傷口に急いでポーションをかける。


 逆再生したような動きで、剣で開けられた穴が塞がっていく。


 これほどの効果があるとは。


 四級だったとしてもかなり上質なポーションだったのは間違いない。


「家族を守るため……ジラール男爵の期待を裏切った私は…………ここで死ぬべき……」


「黙れ!」


 クソみたいな計画従ったのは、デュラーク男爵の領地に残した妻のためだったと、言い訳するつもりか?


 俺は、そんなことでは納得しない!


 デュラーク男爵に騙され、都合の良いように使われたまま、死ぬなんて許せんのだ。


 忠誠を誓っていたのに裏切られたんだろ?


 悔しいと思わないのか?


 家族を言い訳にせず、気概を見せろよ!


「お前の考えなど知らん。俺は、これから家族になるであろう女の親を助けるだけだ」


 このままヨン卿を裏切り者だと処分すれば、ユリアンヌとの間にしこりが残る。


 それは時間をかけて大きくなり、いつか裏切りの動機になるかもしれん。


 またユリアンヌを使って説得できれば、ダブルスパイとして使えるかもしれない。


 利用価値があるなら、急いで処分する必要はないのだ。

 

 今は助けてやるから、知っていることをすべて教えてもらおうじゃないかッ!

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