第82話 雑魚は任せたッ!
「ユリアンヌ、元気そうだな」
正体を隠すつもりはないようで、ヨン卿は娘の名前を呼んだ。
ユリアンヌが裏切り者として動いていた可能性を考慮して、俺やアデーレ、グイントは彼女から距離を取る。
「家に帰ったのでは、ありませんか?」
「……途中で、とある方から依頼があってな」
言いながら、ヨン卿は盾を前に出して短槍を構えた。
とある仕事というのは、俺への敵対行為だろう。
誰が見ても分かる。
この場にヨン卿がいるのだから、デュラーク男爵が裏で暗躍しているのは間違いない。
寄親が一緒だから大丈夫だと思っていたんだがな……ケヴィンの調査は、甘かったようだ。
いや、これが人材と金が不足している田舎男爵の限界か。
「この件は、ベルモンド伯爵へ報告させてもらうぞ」
気がかりなことが残っていたので、娘と父親の会話に入り込んで、文句を言ってみる。
寄親へ報告することに対して、どんな反応をするのだろうか。
出方次第で対応が変わる。
「この場から生きて帰れたのであれば、好きに抗議してください。フロワ家と、婚約破棄していただいても構いません」
態度は変わらず、俺を殺すことだけを考えているようだ。
デュラーク男爵はベルモンド伯爵にまで、話を通していると考えたほうが良い。
周囲にいる全員が、俺の死を望んでいる。
…………上等じゃないか、逆に俺が全員を喰らってやるッ!
「お父様、考え直してください!!」
正体を明かして攻撃の準備をしているんだ。
何を言っても止まらないことは、ユリアンヌだって分かっているはず。
ただただ、目の前の光景を信じたくないのだろう。
甘いな。
日本で生きていた頃の自分を見ているようで、虫唾が走る。
家族だろうが、人は容易に裏切るのだ。
無条件で信じるなんて愚か者がする行為であり、弱さにつながる。
だからこそ、誰が裏切っても一人で生きていける強さを身につけなければならん。
「手伝えと言わないが、邪魔をするなよ。ユリアンヌ」
娘の声を無視して、ヨン卿が走り出そうとしたが、そんなこと俺がさせない。
なぜ襲われているなんて理由は後回しにして、目の前の敵を倒すと決める。
『シャドウ・ウォーク』
自分の影に沈み、ヨン卿の影から浮かび上がる。
視界内の影に移動できる強力な魔法は、こうやって不意を突くのに使える。
手に馴染んだ武器である双剣を突き刺そうとするが、驚くべき反応速度で対応したヨン卿が、盾を間に滑り込ませた。
金属音がして、俺の双剣が弾かれてしまう。
体が硬直してしまった隙を狙われて、ヨン卿が連れてきた戦士が剣を振り下ろしてくるが、アデーレとグイントが防いでくれた。
ユリアンヌは……動かないか。
俺とヨン卿を交互に見ていることから、どっちに加勢するか悩んでいるのだろう。
裏切り者として、俺の背中を狙っていたわけじゃないことに、少しだけ安堵した。
「雑魚は任せたッ!」
あえて声を出して、ヨン卿が連れてきた戦士を挑発する。
少しでも冷静さを奪えたのであれば良いのだが。
短槍が迫ってきたので、左の剣で受け流してから、一歩前に踏み込んで右手の剣を振り下ろす。
盾に当たってしまったが、これでいい。
懐に入ったので短槍は動かせず、盾も使えない。
俺は左手に持った剣を腹に向けて突き出す。
『ショックウェーブ』
回避も防御も出来ない完璧なタイミングだったのだが、見えない衝撃を受けてしまって後ろに吹き飛んでしまった。
威力は弱かったのでダメージは受けていないが、数メートルほどの距離ができてしまった。
油断していたつもりはなかったのだが、魔法を使えるとは思わなかったぞ。
双剣ではなく短槍の間合いだ。
懐に入りたいのだが、ヨン卿が連続で突きを放ってくるので、前に進めない。
一撃が速く、重いので、双剣で受け流してもジリジリと追い詰められていく。
しかも武器の性能差もはっきりしているようで、双剣の刀身にヒビが入っている。
破壊されるのも時間の問題だ。
「お父様! 止めてください!」
泣きながらユリアンヌは叫んでいるが、ヨン卿は止まらない。
感情を押し殺して、仕えている主のために戦う騎士、といった感じだ。
この姿を見て素晴らしいと褒めるヤツもいるかもしれないが、俺から見れば搾取されている哀れな男にしか見えん。
「娘を悲しませ、俺を裏切ってまで、やるべきことなのか?」
時間を稼げればと思って聞いてみた。
無視されると思っていたのだが、ヨン卿は短槍で攻撃しながら答える。
「すべては主のためだッ!」
「その主ってのは、お前に何をしてくれた? 騎士という立場を与えて、多少の金を払っているだけじゃないか?」
騎士として仕える、なんて心地の良い言葉に騙されてはいけない。
金を払うから武力で守れという取引でしかないのだからな。
「お前がユリアンヌを悲しませているこの瞬間、主ってのは女を抱いてよろしくやってるかもしれんぞ。それでも、この仕事をやり通す価値があると思ってるのか?」
他人が大切にしているものを侮辱すればどうなるか。
目の前のヨン卿が答えだ。
顔を真っ赤にして眉を釣り上げ、怒りを露わにしながら連続の突きを放ってきた。
来ると分かっていたので、タイミングを合わせて魔法を使う。
『シャドウ・バインド』
俺の影が伸びてヨン卿の腕に絡みついた。
穂先が眼前で止まる。
「隙あり」
懐に入り込み、双剣を並行にして、空いている脇腹に叩き込む。
パキンと高い音がして刀身が砕けた。
ヨン卿の鎧には傷すらつけられていない。
使い物にならなくなった双剣を手放して、大きく距離を取る。
「我が主から賜った鎧は、お前ごときには壊せんッ!」
影を無理矢理に引きちぎって拘束から抜け出したヨン卿が、短槍と盾を前に出して突進してくる。
横に避けようとしたが隣に木があって、動けない。
もしかして、この状況を狙っていたのか!?
怒っていると見せかけて冷静なヨン卿の穂先が、俺の胸を貫こうとしている。
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