第47話 住処まで特定できてるな?
勇者、いや違った。
変態セラビミアがジラール領から去って、一か月が経過した。
午前中は当主として執務室で書類を処理し、午後から剣術の訓練をする日々を過ごしている。
双剣での戦いにも慣れてきて強くなっているという実感はあるが、セラビミアには勝てないだろう。
ヤツとは必ず再会するだろうし、その際はまた戦うこととなる。
妄想ではなく確定した未来であるため、対策は練らなければいけない。
圧倒的な勝利を手に入れるためには、領地を繁栄させながらも実戦経験を積んで、魔力を貯蔵する臓器を鍛えて戦闘能力を高める必要がある。
奪われないように強くなろう。
仲間が裏切って、一人になっても勝てるほどの力を手に入れる。
そしてセラビミアは、ボコボコにして絶対に泣かしてやるからなッ!!
◇ ◇ ◇
「ジャック様ーーー!」
模擬戦をしていたアデーレに吹き飛ばされて、中庭で仰向けになって倒れてしまった。
全身から汗が噴き出し筋肉も疲労していることもあって、すぐには立ち上がれない。
青空を見ながら息を整えていると、視界に覗き込んでくるアデーレの顔が入ってきた。
「大丈夫ですか?」
ケガをさせてしまったのではないかと、不安になっている声だ。
犬耳がぺたーっと力なく垂れて見ているだけで可哀想になる。
「疲れただけだ。少し休憩にしよう」
風が吹いて心地よい。
目を閉じて熱したからだが冷ましていると、胸に重みを感じた。
どうやらアデーレが頭を乗せたようで、スンスンと鼻を動かしている気配も感じる。
また匂いチェックをされているのだろう。
尻尾は横に揺れているので満足しているんだろうが、汗臭くないのかよ。
変な性癖を持ちやがって。
ゲームの設定にはなかったぞ。
「そろそろ、匂いをかぐの止めてもらえないか?」
アデーレは顔を上げると絶望したような表情をしていた。
さっきまで動いていた尻尾は力なく地面についている。
目には涙を浮かべており、楽しみを奪い取ってしまったという罪悪感を刺激してくるからズルい。
「ダメ……ですか?」
「……好きにしろ」
俺の匂いが好きなのであれば裏切る心配はないだろう。
そう思い込むことにして許可を出した。
決してアデーレに弱いわけじゃないからな!
しばらくの間、なすがままにされていると、土を踏む音が聞こえた。
首だけを動かして誰が来たのか確認する。
……どうやらケヴィンのようだ。
「お楽しみ中に失礼いたします」
わかっているクセに、嫌みったらしいことをいいやがったな。
この前発覚した小さな嘘について、なぜそんなことを言ったのか追求はしていない。
真意がわかるまで、しばらくは泳がす予定である。
「楽しんでいるように見えるなら、お前の目は腐っているとしか言えんな」
言い返してみたがケヴィンの表情は変わらない。
それどころか無視して、羊皮紙を一枚、俺に渡した。
横になりながら受け取ると内容を見る。
ジラール領にある唯一の町、その下水道の調査結果だ。
時間をかけて陳情にあった腐臭の原因を探ってもらっていたのだが、原因が特定できたようである。
『悪徳貴族の生存戦略』のサブクエと全く同じ内容で、下水道に適応したゴブリンが小動物などを殺し回っていて、死体から臭いが発生しているらしい。
ゴブリンの数は二十匹とやや多め。
地上に出てきたら被害は大きいだろう。
さっさと処分しなければならない。
「住処まで特定できてるな?」
「はい。冒険者どもに調査させました」
こういった地味な仕事は時間がかかるので、安く使える冒険者が役に立つ。
ギルドが認めた報告書なので信憑性は高い。
「冒険者にゴブリン退治を依頼されますか?」
普通であればケヴィンの提案にのるんだろうが、そんなもったいないことはしない。
せっかく実戦経験を積むチャンスなんだから活用するべきだろう。
「いや、俺が兵を率いて戦う」
「ジャック様?」
名前を呼ぶ声に圧があった。
お前は領主の仕事をしろと言いたそうな顔をしている。
まったく、ケヴィンは本当に家臣なのか疑いたくなるような態度を取るな。
「兵には実戦経験が足りない。訓練として使わせてもらう」
「それはわかりますが、ジャック様が参加される必要はないかと」
「いや、ある。今後は兵を率いて戦うことも増えるだろうし、小さな所から経験を積んでおきたい」
領地には未開拓の森があり、魔物が跋扈している。
特に第四村は魔物の被害が多いので、戦う機会は何度もあるだろう。
冒険者では対処できないことも増えるだろうし、戦えるときに戦っておく精神は重要だ。
それに下水道には斥候キャラのグイントがいる。
ヤツを仲間にするためには、俺が下水道に行くべきなのである。
「承知いたしました」
俺の説明で納得したようで、ケヴィンは頭を下げた。
「メンバーはアデーレと兵長のルートヴィヒ、それと十名程度の兵で行く予定だ」
「携帯食料などの準備をしておきます」
ケヴィンは反転すると歩いて屋敷の中に入っていた。
ルミエに出兵の準備をさせるのだろう。
しばらくの間は戻って来られないと思うので、溜まっていた仕事を処理してから下水道に行く予定だ。
出発は二日後。
それまでに準備を終わらせておくか。
「アデーレ話を聞いていたか?」
「へ? あ、はい!」
不安になる返事だな……。
「二日後に町の下水道に入る。ルートヴィヒと話して使える兵を十名ほど選んでおいてくれ」
「わかりました!」
俺の胸から離れるとアデーレも屋敷の中に入っていった。
新しい仕事をもらえたのが嬉しかったんだろうな。
何を考えているのかわからないケヴィンと話して疲れていたので、素直で可愛いアデーレに癒やされたのだった。
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