第42話 その噂はすべてデタラメです

「いえいえ。私もセラビミア様とはゆっくり話したかったので」


 領地に来た目的、ゲームの知識、そして本当に敵キャラなのか知りたいため、隠し畑で決着を付ける予定だ。


「話したかった、ですか」


 微笑みながらセラビミアがゆっくりと近づいてきた。


 王家の代理としてきている以上、いきなり殺してくることはないだろうが油断はできない。


 セラビミアの顔が耳に近づく。


「奇遇ですね。私もジラール男爵とは二人で話したかったんですよ」


「どんなお話をしたかったので?」


「悪徳貴族の生存戦略について」


「…………」


 ついにゲーム知識があることを言いやがったな!


 内心動揺しているが、表には出さないように表情をコントロールする。


「言わなくてもわかりますよ。だって、ジラール男爵だけ、ゲームと大きく異なる動きをしているんですから」


「どういうことでしょうか?」


 相手は堂々とゲームという単語を使ったが、俺は知らない振りをして情報を引き出すことにした。


 ギリギリまで粘るつもりである。


「ゲームの知識を手に入れたのは、両親を昏倒させたあたりぐらいからでしょうか。そこから、ジラール男爵の行動は今までと大きく違っています。周囲は昏睡したショックで性格が変わっていると思っているようですが、私は騙されませんよ」


「セラビミア様、私には何を言っているのか――ッ!」


 とぼけようとしたら、ナイフの切っ先が腹に当たっていた。


 怒っているのではなく無感情。


 面倒になって実力行使にでたようだ。


「駆け引きはやめにしませんか?」


 殺気が放たれた。


 覚悟はしていたがセラビミアの魔力量も違い、圧倒的な力の差を感じる。


 全身から汗が噴き出して、バッドエンドという文字が脳内に浮かぶ。


 戦っても勝てるとは思えないが、だからといって無条件で従うのも危険だ。


 狙いがジラール領であれば、素直に従った先には領地の取り上げがあるかもしれない。


「もし正直に話さないのであれば、この場で殺しますけど」


「男爵を勝手に処分したら立場が悪くなるのではありませんか?」


「田舎に引きこもっているアナタにはわからないと思いますが、本当に王都ではすっごく悪い噂が流れてるんですよ。借金を返さない、重税で領民を苦しめている、敵国と内通しているなんてね」


 なんて噂が広まってるんだよ……。


 例に挙げられた中でも特にヤバイのが敵国との内通だ。


 国家反逆罪として極刑コースだ。


 しかも拷問付き。


 屋敷にあった書類はすべて目を通したと思うが、他国と内通した証拠を目のつきやすい場所に置いてあるはずがない。


 もし噂が本当であれば、両親の寝室に隠されているはず。


 噂が本当という可能性も十分にあるが認めるわけにはいかない。


「その噂はすべてデタラメです」


 動揺している姿は見せず、キッパリと否定する。


 相手が勇者でも毅然とした態度をするまでだ。


「もちろんです。先ほどの噂は前当主様のことだとはわかっています……が、私が現当主も同じだと言ったらどうなりますかね」


「私が否定します」


「その前に処分してあげますよ。その権限が、私にはあります」


 人権、平等とは縁のない世界だ。


 俺が徴税人の言い分を聞かずに処刑したように、セラビミアは 証拠をでっち上げて俺をはハメるなんてことも出来るだろう。


 強い者が弱い者を虐げる。


 そんな世界なのだ。


 もう正直に話してしまってもいいのかもしれないが、やはりセラビミアの目的がわからないのに言えるはずがない。


「……その時は必死に抵抗しますよ」


「その態度はとても好きですね。性格や口の堅さも合格点ですが……もう少しだけ試させて下さい」


 俺は胸を押されて数歩後ろに下がる。


 距離が出来ると、セラビミアはナイフをしまって剣を抜いた。


 半透明の刀身は勇者専用の武器であり、間合いが取りにくいので回避しにくい。


 刀身に魔力を込めると威力が高まる仕組みになっていて、岩をバターのように切り裂ける。


 俺の防具なんてあってないようなものだろう。


 実力にも差があるし、どうしようもないほどの危機を感じていた。


「私を殺したら話し合いは出来なくなりますよ?」


 言いながらヒュドラの双剣を抜く。


「アナタの力を確認させて下さい」


 俺の言葉を無視して、セラビミアは突きを放った。


 狙いは心臓だ!


 殺すつもりじゃないかッ!!


 横にステップして回避すると剣を横に振ってきたので、ヒュドラの双剣で受け止める。


「いきなり即死コースの攻撃ですか?」


「あの程度では死なないという確信がありましたので」


 言い終わるのと同時に蹴りが放たれ、腹に当たると吹き飛ばされてしまう。


 畑の上をゴロゴロと転がってから立ち上がると、セラビミアの周囲に雷の矢が数十本も浮いていた。


 バチバチと音を鳴らしながら次々と放ってくる。


 一斉に放って来ないのは、俺を試しているからだ。


 ヒュドラの双剣で受けても感電はしてしまうので、地面を転がって雷の矢を避ける。


 何とかすべてをやり過ごしてから立ち上がった。


「反撃してもいいですよ?」


「わかりました。手を抜かず全力で行きましょう。死なないで下さいね」


「いいですね。その態度、どこまで持つか本当に楽しみです」


 随分とサディスティックな性格をしている。


 覚悟を決めて戦うしかなさそうだ。

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