第40話 動くな

「勇者である私に虚偽の証言をしたら重罪になりますよ。それでも真実だと言いますか?」


「もちろんでございます」


 セラビミアに脅されてもルートヴィヒの態度は変わらず、即答した。


「随分と違いますね……」


 近くにいないと聞こえないほど小さな呟きだった。


 やはり何か確認したいことがあって、セラビミアはジラール領に訪れたようである。


 俺の持っている知識はアドバンテージになり、また同時に破滅するきっかけにもなるので、セラビミアの目的がはっきりするまでは隠しておきたい。


 とはいえ、守りばかりだと情報は得られないので、少し突っ込んで聞いてみるか。


「違うとは、どういうことでしょうか?」


「あら、聞こえたんですね……」


 驚いた表情をしたのも一瞬、すぐにニヤリと挑発するような笑みを浮かべる。


「事前情報ではジラール領の当主は横暴で王国法を犯し、領民や家臣から嫌われていると聞いておりましたので」


 そんな噂が王都まで出回っていたら、勇者の制裁を受けてゲームオーバーだ。


 今のセラビミアから殺意は感じないので、この話は嘘か両親の悪行を俺がやったことにして、家臣の反応を確かめているのだろう。


「その情報は前当主の話ですね」


「本当でしょうか?」


 俺の言葉が正しいとわかってて聞いてやがるな。


 ムカつくヤツだ。


「セラビミア様は、何が言いたいのしょうか?」


「表では善人を装って、裏ではあくどいことをしている人たちは多くいましたから。素直には信じられません」


 こいつ、本人を目の前にしてケンカを売るようなことを言いやがったな!


 当主の言葉は信じられず、ルートヴィヒは騙されていると疑っているようだ。


 俺をバカにしているのでアデーレがキレるかもと心配したが、話が難しくてわかっていないのか、後ろから殺気のようなものは感じない。


 勇者と戦えば敗北は避けられないので助かる……と思っていたら、予想外の人物が動いた。


「ジャック様に限って、そのようなことはございません」


 膝をついたままのルートヴィヒが、セラビミアの発言を真っ向から否定した。


 文句を言うならケヴィンあたりだと思っていたので、驚きである。


「今の言葉、それ相応の覚悟があって言ってるんですよね?」


 セラビミアは殺気を放ちながら立ち上がると、ルートヴィヒの前に移動した。


 話の流れがわからなくても危機を感じ取ったようで、アデーレが動き出そうとしたから軽く手を上げて止める。


「動くな」


 これは腰を浮かしかけたエルフの姉妹に向けた言葉でもあるのだ。


 護衛のためにアデーレを配置はしているが、積極的に戦う予定はない。


 最悪の場面を想定しても手を出すのは勇者が先である、というのが前提で、俺たちは専守防衛でなければ王家に対して言い訳ができない。


 俺たちのやりとりなんて気にしていないセラビミアが、ルートヴィヒの顎に指を当てた。


「なぜ、ジラール男爵をそこまで信じられるんですか?」


「ご当主になってからすぐに、税を中心に領民の生活がよくなる政策を実施されて、飢えで死ぬ子供、家族のために娘を奴隷商に売る親、口減らしで森に捨てられる老人、そういった悲劇が減りました」


 つい最近までルートヴィヒはただの一般兵だった。


 仕事の一環として領内を巡回していたから、俺がやったことの変化に詳しいのだろう。


「さらに、第三村での戦いでは私たちに民を守る姿を見せてくれました。あの時の姿は間違いなく英雄だったかと」


「英雄、ねぇ……」


 むずがゆくなるほど俺を褒めていたルートヴィヒの言葉を聞いても、セラビミアは納得していないようである。


「女関係はどうです? 婚約者すらいないようですが、遊び回っているのではありません?」


 ゲームの設定通りに進めば、婚約者の登場はもう少し後になる。


 それまでの間、ジャックは女遊びが激しかった。


 娼館で遊ぶのは当然として、村で見かけた可愛い女の子にも手を出す始末で、泣かせた女性は数知れず。


 具体的な描写はなかったが、R15レベルのCGイラストは何枚も用意されていて、様々なプレイで遊んだんですねと、想像できるようになっていたのだ。


 素直にR18にしておけよと思ったときもあったが、制作者のこだわりがあったんだろう。


「昼の政務と剣術の訓練で疲れているようで、夜はすぐに就寝されております。部屋に女性が運び込まれたことはございません」


「あなたちに隠れて、ヤっているだけかもしれませんよ?」


「もしそうでしたら、獣人のアデーレが気づくはずです。彼女は毎日、ジラール男爵の匂いを嗅いでおり、別の女性の香りがしたらルミエねえ……に報告する仕事がありますので」


 おい! 俺はそんな話聞いてないぞ!


 毎日、アデーレが抱き着いてくるから可愛い子犬だなと思っていたのだが、そんな事情があったのか。


 次から抱き着くのを禁止にしてやろうと思ったが、ベッドの匂いを嗅がれて終わるだけだろう。


 鼻の良い犬型の獣人であれば残り香ですら、はっきりとわかるからな。


 ……ちッ。


 領内が安定するまで、女性関係は清く正しくでいかなとダメそうだ。


「言いたいことはわかりました。男爵レベルではありますが政治、軍事に長けていて、性的な部分も潔癖だと」


 セラビミアはルートヴィヒから離れて俺を見る。


「話はもう充分です。領地を見に行きましょう」


 面談は何とかクリアしたみたいだ。


 領地は改善されつつあるし、現地の状態を確認されても即刻処刑コースにはならないだろう。


 無難に各所を案内して、満足させてから視察を終了させてお帰りいただくか。

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