【第一章】第1部 ショーへようこそ

第1話 始まり


2100年、東京の人民は、突如発生した奇病「渇望の病かつぼうのやまい」に侵されていた。


それは何の前触れもなく、どんどん、人が死んでいく病である。


高い建物から飛び降りる者、自ら車に飛び込む者。街中で、発狂をしながら、或いは絶望に自我を失いながら、命を絶つものがあちこちで見られるようになった。室内で、ひっそりと命を絶つ者もいた。


それは、国民がそれぞれ「豊かになる方法」を体得した時代―

「国民総幸福」を達成する寸前のこと―であった。資産の形成が容易になった日本において、確かに国民に物質的に手に入らないものなど無くなった。だが、それは「手に入れても手に入れても欲しいものが出現する」ことを意味した。

消費社会との鼬ごっこが、国民を病に陥れ得た。


病の発生から数週間後、政府は、消費社会の権化、日本経済を席捲していた企業群をその病の原因と特定し、GAPPAガッパ、と呼ばれる巨大企業群に一切の広告を禁じた。だが、日本での自由経済での営業にストップをかけることを避けるため、企業の代表達は、そこで政府にある提案を持ち掛ける。


GAPPA《ガッパ》企業群の総取締役である男性、加古亜紀人かこあきとは、議会で政府に叩きつけるようにこう言った。


「国民の誰もが、熱狂するショーを作りましょう。」、と。


政府は、尋ねた。一体どうやるのだ、と。

加古かこは、自信たっぷりにこう答えた。


「過去に、国民に愛されたヒーロー達を呼び出すのです。刹那的な消費からの満たされなさに心を囚われた国民達に、買っては消えるコンテンツではなく、「過去に精神的支柱となった」キャラクターへの「愛情」を、あの時感じた「生きる希望」、をもう一度呼び起させるのです。」


政府は、そんなことができるものか、と男性の言うことを一蹴した。

加古かこは、それでもひるまなかった。


「できますよ。世界最高峰トップ・オブ・ザ・ワールドの私達の技術を駆使してね。」


GAPPAとは、国内で5と言われる外資企業群である。

”G”= Geo Factory(化学メーカー(遺伝子研究)) 、”A”=Advanced Pharmacy Corporation(化学メーカー(食料品・薬品)、通称APC)、”P”= ubiquitous platform (IT企業(通称up(アップ))、”P “=` Petroleum and Gamble (エネルギー産業、通称P&G)、”A”= Ace Diversion(エンターテインメント産業)の5社で形成され、世界時価総額のTOP5である。


そのため、結託して他者を寄せ付けぬ、「企業群」と呼ばれていた。

加古かこの言う通り、この企業に出来ぬことなど最早存在しなかった。


彼は、首をかしげる政府に、ショーの仕組みを完膚なきまでに説明し始めた。


「私達は、「DNA」を使用します。この機械がすごいのはね、呼び戻すことができるのは、三次元に存在していた人物だけじゃない、ということです。3Dプリンターの要領で、DNAというか、人物個体としてあるべき情報を入力すれば、"アニメのキャラクター"でさえ、三次元の世界に復元することができます。」


そんなことが倫理的に許されるのか、と政府は疑った。


「今は有事ですよ。あなた他達も、猫の手も借りたい状態でしょう。倫理性などは二の次です。とにかく、この装置で、人々の心の中にいる「ヒーロー」を呼び出します。過去に出会ったヒーローの存在は、人々の活力に密接に結びついていますから。辛かった時や、特別な人や、特別な場所や、家族と過ごした幸せな時間の中で…。アニメ、映画、ドラマ、本、漫画…。様々なメディアの形を通じて出会ったヒーロー達は、私たちの根幹のエネルギーやパーソナリティとなっているはずです。それらを呼び出して、人々に「生きる活力」を再び与える。それが、今回の計画です。」


加古かこは、そこで一度大きく息を吸い込むと、眼を爛々と輝かせ、残りを語った。


「今回のショーは、全国に番組として放映します。全12回のシリーズものを撮るんですよ。国民に見世物を作って、熱中させることが目的です。最もサポートの多いキャラクターが、最終ステージまで進んで、この「東京」のヒーローとなってもらいます。おまけに、宣伝を停止されたGAPPA企業群の皆さんがスポンサーですから、番組内で存分に宣伝をしてもらう予定です。メトロポリタン・エリア、CoTを舞台として!」


「それと…。」

もったいぶった加古は、勝利の笑みを浮かべて、最後にこう言った。


「今回はショーを盛り上げてくれる天才の悪役ヴィランを用意していますから。最高に面白くなりますよ…。」


加古かこは、それを「至上最高のエンターテインメント・ショー」と名付け、その中身を語った。



ついに政府は、男性の提案を呑んだ。


2100年、東京中心街。

人類がいまだかつて体感したことのない、

"至上最高のエンターテインメント・ショー"が、幕を開けようとしていた。



放送開始は、2100年、9月10日(金) 朝10時。


ショーの開始まで、あと3日。

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