第2話 「麦茶とレモンティー」
「へぇ〜快慶門の生徒がバイトしてるんだ」
「…」
後ろに「先生に言いつける」が来なかったが、紫色の瞳で見つめられてしまうと言葉を失う麦。
ブロンドヘアの少女は口の端に不気味な笑みを作る。
悪役のような言い回しだが、実際悪は校則違反をした麦の方だ。
見逃して!と頭を下げても引き笑いをしながら、教師に告げるのだろう。
「北条麦がバイトをしていたと」
「だ、誰ですか!?」
彼女の胸を彩るリボンの色は青。
一年の証でもあるその色が相手は同学年だと教えてくれるが、自然と口が敬語を選んだ。いつもの癖と言うやつだ。
「…」
しかし、それ以外の会話はなく相手は無言で帰っていた。
胸の内を支配するのは少しの後悔と罪悪感。
とは言ってもやめるつもりはない。
バレても構わない!怒られても構わない!
そんな強い意志を抱きながら帰る通路…だが、麦の心は何歩歩いても何駅過ぎても晴れないままだった。寧ろ、心の中で後悔の文字が膨らんでいく。理由は簡単だ。
(どうしよう!さっきの子と家の方向全く一緒だ!)
揺れる電車の中、込み合っており遠くに移動できないため、ずっと扉の前で向かい合っている状態ももう十分…流石にキツすぎる。
相手も同じことを感じていたのか、額に汗をかきながらも携帯ゲームを雑にプレイしていた。
いっそ、「何のゲームしてるの〜」と優しく話しかけてみようかと思ったが、鋭い視線を向けられ厄介払いされる未来は見えている。
麦も君のことなど気にしてないよ感を出すために、携帯のメモメニューを開き、留学生の友達がいる体で文字を打ち始めた。
(は、早くその子の最寄り駅来ないかな…私最終までいるんだよなー)
「次▢▢駅〜▢▢駅〜」
最寄り駅の名前が呼ばれた時、電車内は麦と彼女の二人。
一度勇気を出して声をかけてみたが、スマホを触るばかりで返事を返してくれなかった。
電車の号車を変えればいいだけの話なのだが、それでは負けたような気がして足が動かない。
相手もそうなのだろう。緊張してない雰囲気を纏っているが、その手は震えていた。
「この電車は▢▢駅で終電で…
(や、やっと解放された…)
と、思ったのも束の間。
出口の番号も次に乗るバスも降りる駅も全く一緒だったのだ。
(どうしよう…き、気まず過ぎる)
(別の道から帰ろうかな…でも、私は方向音痴だし…)
結局彼女達が離れ離れになったのは檸檬の髪がざりをつけた少女の自宅前。
まさか、バス停からも一緒だったとは…と運命的なものを感じ始めるのも無理はないだろう。
ガチャん!と無駄に大きい音を立てて締められる玄関にビクリ!と肩を震わせてしまう。
「凄い…豪邸…」
おとぎ話に出てきそうなお城…とまではいかずとも少女の家はまるで城のようだった。
何と言っても家の窓が多い。
ほぼ裸じゃないかと思ってしまうほど内装が丸見えなのである。
「萌木もえぎ…さん?」
これまた大理石のような表札に書かれた苗字を見た。ふと、記憶はその名前に違和感を抱く。
(萌木って…どっかで聞いたような)
うーんと人の家の前で険しい顔を見せたのが原因か、メイド服を着た女性に家全部カーテンをボタン一つで閉められてしまう。
その日は大人しく帰ったが、家に帰っても心の中のモヤモヤは消えない。
多分、彼女は学校に言いつけるのだろう。
「はぁ…」
お風呂上がり、リフレッシュすることはなく麦は自室のベッドでため息を零した。
兎のブサイクなぬいぐるみを抱きながら今夜は寝ることにした麦はそっと部屋の電気を消す。
その夜はよく眠れなかった。
翌日 「喫茶ニシキノ」
しかし、アルバイト出勤は欠かせない。
学校がアルバイト禁止のことは、しかも、もう生徒にバレてしまったことは誰にもバレないように気をつけなければならない。
いつも以上に気合いを入れる為に喫茶店の前でパァン!と両頬を叩く。
「ふぅ…」
溜息をつき、喫茶店の引き戸を開けた。カランカラン!とドアチャイムが音色を奏でる。
学校帰り尋ねた喫茶ニシキノに知らない顔の少女が一人来ていた。
「こんにちわー!ん?」
オレンジ色の髪を二つくぐりに黒色のリボンで纏めている。身長も低く、恐らく歳はまだモモより下なのだろう。
「あぁ…彼女は『ニシキノ』でお手伝いしてくれてるの」
誰ですか?この子と分かりやすく顔に出ていたのだろうか。
モモは麦の代わりに説明をしてあげた。
「アルバイトじゃないんですか?」
「えぇ…好意で」
モモから説明を受けた少女は恥ずかしそうに緑の背後に回る。
そして、ひょこっと顔を出し
「宇治寺…穂乃香ほのかです」
と、最小限の自己紹介をした。
元々あがり症なのか頬を赤に染め上げていたが、挨拶を終えた時にはゆでダコのように真っ赤になっていた。
「宇治寺…ということは緑さんのご兄弟ですか?」
「そうなの」
緑の発言を受け、穂乃香と緑二人の姉妹を見比べてみる。
感想は似てなくはない…というところだろうか。
髪色は…スルーさせてもらうが、目元口元と違う形をしており、姉妹と言われてもピンと来ない。
共通店をあげるならば二人とも優しそうな表情をしていたことだろうか。
「えー、皆で楽しく何やってんの?」
今度は、赤髪の少女からキッチンからやってきた。
短い髪を引っ張ってツインテールにし、前髪には編み込みが施されていた。
紫色を基調とした喫茶制服に包まれており、「自己紹介会ィ?」と尋ねる。
「彼女はキッチンスタッフ担当、朱暁紅花しゅづき こうか!同級生同士仲良くしなさいよ」
桜櫻学園の生徒だという彼女は昨日の合格発表の時にもいた赤毛のバイトだ。
紅花と紹介された少女は「紅花様って呼んで」と握手を求めるかのように右手を突き出す。
「あぁ…よろしね。紅花ちゃん?」
「ちょっと!紅花様って呼べよォー」
差し出した右手の上に乗せられた左手に必要以上に力を握り、様付けを要求した。
そんな同級生同士の掛け合いを母親の如く瞳で見つめていた緑は唐突に「あっ!そうだ!」と冒頭を切り出す。
「麦ちゃん、制服来週に届くからね。麦ちゃんのリクエスト桃色が届きまーす」
「本当ですか!やったー!」
他の店員と被らない色を選んだ末、残っていたのがピンクと白だった。
白の場合、下のシャツやタイツが一人だけ黒になってしまうので、統一感を重視した結果ピンクという選択になったのだ。
「それと私が麦ちゃんのお世話係になったからよろしくね。分からないことがあったら何でも質問してね」
緑から自分がお世話係になったことを告げられた言葉を最後に店長モモは手を二回叩くと
「じゃあ!もうすぐ店始まるから皆定置について!」
全アルバイト店員を元の位置に戻らせたのだった。
朝は女子高生。夕方からは店長と二つの顔を持つモモを威厳があってかっこいいなと思う麦なのであった。
裏で彼女の理想が崩れてしまうような会話を繰り広げていたとは知らずに
「やばい!やばい!麦たん今日も可愛い過ぎるでしょ!どーしよ」
営業が開始してから三十分後、球形に入ったモモと緑は以下の会話を展開していた。
顔を真っ赤にしながら早口で話すモモに見慣れた様子で口を開く。
「いいの?私がお世話係で?」
「えぇ…近くにい過ぎると窒息死しちゃう!でも、私緑さんのお世話はしたいッスよ!」
「ごめんなさい。何言ってるか分かんないわ」
ぐへへと笑いながら飛び出たヨダレを拭き取るモモはこんなことを聞かれた。
「なら、最初から許可してあげあらいいのに」
「そうなんスけど…やっぱり色んな一面を見せて欲しいんスよ。怒りも悲しみも喜びも」
これが中年オヤジが言っていたら白い目を向けられるのだろう。
しかし、バイトを始めてからこの調子だったので、緑は特に驚く様子も嫌がる様子も見せない。
「あ!店長何してるんですかー?」
「あら、麦。ちょっと話していただけよ」
さっきのデレデレはどこへやら。
態度を百八十度変えて話す様子がおかしくて少し微笑みが生まれてしまう。
カランカラン!
すると、ここで入店のドアチャイムが鳴った。天使が装備していそうな鐘の音に一人の女子高生が導かれる。
「ほら、麦接客してあげ…
麦をホールに行かそうとしたのだが、モモは驚いた様子でとある人物の名前を放った。
「あっ!檸檬!もう!バイトサボるかと思ったわ!ちゃんと来てよね!」
「本当ね。何かあったのかしら?」
店に入ってきたのは快慶門高校の萌木だった。
言うまでもなく、昨日帰り道が酷似していた少女だ。
檸檬と呼ばれた少女は麦と目が合うや否やすぐさま店を抜け出した。
「ちょっ!檸檬!…はぁ、やっぱり何かあったようね」
モモが止めようと声をかけたが、言うことを聞いてくれるはずもなく、残ったのは外出を告げるチャイムだけ。
「何かあったのかなぁ?」
「そうね」と紅花の言葉に同調する緑。
それよりも麦には気になることがあった。
「え?…今、バイトって言いました?」
「そーだけど、何なんだ?」
紅花の口から飛び出た言葉で
「バイトだったんだ…」
と呟く。自然と笑みが零れてきた。
それなら問題ない。彼女も校則違反者になる。
同じ違反者同士今度一緒になったら積極的に話かけてみよう。
「あら?麦、えらく上機嫌ね」
「そーですか?んんふ!」
モモに指摘されてしまう程、喜びが溢れ出ていた麦。そりゃそうだ心にあった黒いモヤモヤが全部解決されたんだから。しかし、
翌日、麦は地獄のような思いをすることになる。
「一年四組北条 一年四組北条 至急校長室まで来なさい。繰り返しま…
登校するや否やすぐに呼び出された麦は若干だが緊張感を浴びていた。
心に「あの子も校則違反者」「あの子も校則違反者」と繰り返して気持ちを落ち着かせる。
「北条だな…」
「は、はい」
初めて入った校長室。職員室ならまだしも校長室だと事の重大さが伺える。
校長と書かれた札が置かれた机に女性…勿論、校長先生が偉そうに座っていた。
単刀直入にと彼女は口を開く。
「今日はお前に二週間の停学処分を伝えたいんだ」
「…」
「…」
「…」
その四文字を理解するのに実に五分を要した。
「た、退学処分!?何で…ですか!」
敬語を忘れずに、だが、勢いよく問い詰める。
校長机に乗りかかりそうな勢いがバレたのか、近くにいた教師陣に肩を持たれてしまう。
「何でも何も…
ストーカーしたんだろ?萌木檸檬もえぎ れもんを」
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