第6話 持つべきものならここにあるから(1)


 店の外で泣いてる俺に気付いて、勤務中なのに駆け付けてくれた浅間あさま美里みのりさん。顛末をざっくり説明すると、彼女は短いため息を漏らし、星の無い空を見ながら語り出した。


 

「橘さんが落ち込んでた——かぁ。そりゃ悪いことがバレれば、慌てたり落ち込んだりするよね。石切さんは何一つ悪くないよ」


「俺もそう思うんだけど、事情があったのかなぁとか、色々考えちゃって……まぁ、幸せそうにくっついてた時点でアウトだけどさ」


「それはあっちから説明すべきだし、きっとがあるんだよ。彼氏持ちがやることじゃないんだから」


「そうだよね……。普通できないよね」


「この際だから言っとくけど、石切さんは背も高くないし大してカッコ良くもない! しかも女々しい!」


「えぇっ!? この期に及んでまさかの追い討ち!?」


「でも思いやりがあって相手のことを一生懸命考えられるし、自分の思いも隠さずに伝えられる。それって難しいことだから、やっぱカッコいいと思うよ♪」


「ありがとう浅間さん。俺、男らしくなれるように頑張って、次は理解し合える相手を探してみるよ」


「おー、しっかりやれよぉ、蒼葉あおば!」


「痛っ! なんで急に下の名前っ!?」


「うーん、なんとなくー?」


 

 背中をバシッと叩かれたのは、浅間さんなりの喝入れだったのだろう。実際に吹っ切れたし、純粋な善意を感じられて嬉しかった。

 しかしこの翌日、晴れ渡ったはずの俺の心境は、またしてもグルグル渦巻くこととなる。

 


「橘さんが休みですか……」


「うん。とりあえず15時から19時までの人員は確保できたけど、その後の三時間は浅間さんとの二人営業になっちゃうんだよねぇ〜」


「夜だけでしたら、二人でもなんとかなると思います。ちなみに15時からは誰が入るんですか?」


「貴船さんが来てくれるよ。接客に関しては問題ないから、他の業務をサポートしてあげて」

 


 土曜でも同じシフトの俺は、店に来て早々そうそう店長に呼ばれ、橘莉珠の欠勤を告げられた。

 バイト歴1年半を超える俺と浅間さんなら、多少のトラブルにも対応できる。問題があるとすれば休憩時間。店長も15時には上がるから、貴船さんがいる間に休憩を回すしかない。大丈夫だ、なんとでもなる。

 引き継ぎを終えてレジに入ると、同じく出勤したばかりの人がじっとこちらを見ていた。

 


「どしたの? 浅間さんも後半が不安なの?」


「石切さんが考えてること、当てたげよっか?」


「いいよ別に。君が言いたいことも大体分かってるつもり」


「だったらー、で同時に言う?」


「……じゃあそれで」



「「せーの、橘さんが休んだのって、やっぱり俺のせいだよなぁ〜」」


 

 すげぇなこの人。一言一句たがわないどころか、タイミングまで完璧に合わせてきたんだけど。当の本人は腹を抱えて爆笑中であり、気まずさと妙な安堵感にため息が出てくる。

 複雑な心境で店内を見回してると、突然浅間さんがビシッと天井に向かって手を挙げた。

 


「はい先生、質問があります!」


「……なんでしょうか浅間くん?」


「どうして先生はそんなに自己否定的なんですか?」


「いい質問ですね。これは先生の生まれ持った性分としか言い表せません。加えて自分に自信が無いからでしょう」


「では先生、もう一ついいですか!?」


「仕方がないですね。今度はなんでしょう?」


「先生の中で、橘さんへの想いはケジメがついてないんですか?」


「……嫌な質問ですね。本音を言えば未練はあります。ですが今の彼女を大切にしたいとは思えません。なぜなら先生が幸せにしたいのは、二人の幸せを願ってくれる人だからです」


「先生ってホントに実直ですねー。すんごい応援したくなってきましたよー!」


「むしろ大歓迎ですので、応援よろしくお願いします」


 

 くだらない茶番劇を挟みながら時間は刻々と過ぎ去り、二時間経つ手前で元気いっぱいの人が来店した。明るく挨拶を交わした彼女は、もう一人のバイト仲間と睦まじく喋り始める。

 


「浅間さんに会うの、なんか超久しぶりだぁー♪♪」


「被るのまだ3回目だもんねー! もっと貴船さんと話したいのにさぁ〜」


「しょーがないよ〜。平日は学校あるんでしょー?」


「でももう夏休みになるから、午前中もシフト入れるよー☆」


「ガチで!? そしたらあたしも勤務日数増やすー♪」


 

 なんだこのキャピキャピした女子トークは。本当に5歳差あるのか疑ってしまうくらい、違和感なく会話してる。しかも浅間さんは基本夕方勤務なのに、いつの間にここまで打ち解けたのだろう。

 貴船さんは出勤準備の為にバックルームに行き、俺は浅間さんに疑問をぶつけた。

 


「貴船さんとの接点薄いよね? なんでそんなに仲良いの?」


「だってお客さんとして来てた時から、話しやすかったもん」


「それにしたって、彼女結構年上だよ? ついでに既婚者だし」


「えー、確かに見た目は美人すぎるお姉さんって感じだけど、中身は女子高生みたいで可愛くない?」


「25歳のJKって、漫画じゃないんだから……。俺の印象としては、どっちかっつーと母親的な——」


「ふぅーん。そんなにあたしを年増扱いしたいんだー?」


「げっ! き、貴船さんっ!?」


 

 ふとレジ台の向こう側に目をやると、話題の中心人物が腕を組んで仁王立ちしていた。すでに制服を着用しており、片眉をピクピクさせながら威圧的な笑みを浮かべている。

 マズい。これは非常にマズい。二十代半ばの女性に対し、この手の内容は慎むべきだってことくらい、童貞男子にだって分かる。万事休すか。

 殴られるくらいの覚悟をしていたのに、レジに来た彼女はケロッとした表情。

 


「まー実際、あたしも誕生日が来ればアラサーだもんね〜」


「まだ早くない? 私はプラマイ2・3歳のイメージだけど」


「四捨五入で含める人も多いよー? それより石切くんっ!」


「は、はいっ! なんでございましょうかっ!?」


「キミは年下の方が好きなのかな?」


「へ? いえ別に。年齢でごのみするほど経験ないですし、タイプは家庭的な人なんで、上も全然ありかなぁと」


「そっかぁ〜、家庭的かぁ。うんうん、なるほどなるほどぉ〜♪」


 

 あれ? なんだこの反応? やたらと嬉しそうに見えるのは、恐らく気のせいじゃない。一昨日お宅訪問した時も散々からかわれたけど、もしかしてずっと続くのかこれ?

 スキップしそうな様子で品出しに向かう年長者を、浅間さんは不思議そうに眺めていた。

 

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