二章 17話 璃緒、ウエディングドレスにときめく
何が起こっているのかしら。
璃緒は目の前の光景を信じられず、頭を抱えている。
突入わずか1分足らずで、ドワーフの工房を制圧。いえ、ドワーフと打ち解けてしまった。
弾着したところは、ドローンの格納庫であり、そこから奥の扉を開けるとこの工房に通じていた。
大きな体育館ほどの広さがあり、旋盤などの金属加工の大型機械から個人用作業スペースと思しき机まであり、創作のジャンルを問わず道具が機能的に配置されていた。紡績から鍛造までありとあらゆる町工場のキメラのような場所がここだった。
そこで誘拐された子ども達は皆、楽しそうにドワーフとプラモデルの作成を楽しんでいる。洗脳も何もなく身体、精神に対して危害が加えられた形跡は見受けられない。
誘拐された子供達や人々は全員無事だった。それは喜ばしいことである。それと目の前の現実を受け入れられるかと言われれば、別だ。
「なぜかしら。なぜこんな事になってしまったのかしら」
困惑。今現在の視覚情報と機械鎧の非道さが乖離しており、どんなに思考しても結びつかない。
それよりも信じられないのは、相楽曹長だ。
彼は上半身裸でドワーフと一緒にサイドチェストをしている。無駄に胸筋ピクピクさせている。それに呼応するかのように璃緒のこめかみもピクピクしている。
「はっ! いけませんわ。千秋さん、およしなさい!」
ふらふらと誘蛾灯へ惹かれる虫のように、千秋もまたロックミシンがあるエリアへと引き寄せられていく。
「えー。ここの道具の配置、各制作に合わせた机のセッティングに制作のための動線が芸術的なハンクラのためにあるような部屋なんだよ? ダメ? ちょっとだけだから? ね? おねがい。ね? ね?」
「上目遣いでお願いしてもダメですわ。今はお仕事中です。そもそも千秋さんが作り出したら、完成まで終わらないでしょう。ってなぜ、ウエディングドレスのデザイン画を広げていますの?」
「璃緒に似合うかなって」
「うぐぅ。千秋さん本音に蓋をして建前をお願いしますわ」
「ここに残ってドワーフの監視を続けるためにウェディングドレスを作るね」
「ええ、くれぐれもお願い致しますわ」
「璃緒、ここは僕に任せて先に行って!」
「死亡フラグですわよ!」
視界の端に機械鎧を捉えた。
半身を引き、迎撃の構えをとる。
が、何もしてこない。代わりに声をかけられた。紛れもない侵入者である自分達に向けて。
「姐さん方は何か作らないのかい? ここは作るためだけにある工房だ」
自分の腰位の高さからの声をガイドに視線を下げると、1人の若いドワーフがいた。観察。金槌は持っているけれども他に武器になりそうなものは何一つ身につけていない。それどころか、敵意も悪意も感じられない。ドワーフが持つものは純粋な疑問だけだ。
なぜ、創作をしないのか。作ることに喜びを感じる彼らドワーフ族にとっては当たり前の疑問だ。
「え、ええ。今は考えをまとめたいもので。ところで、あそこでプラモデルを作っている子供達は何故ここにいるのかしら?」
視界の端に、空を掴むように上へ伸ばされた両の手でムキっと力瘤を作り見せびらかす――ダブルバイセップスを行う相楽曹長がノイズとして映り込む。
「ん? 博士が連れてきた子たちだな。狭い部屋の中で座り込んでいたから、連れてきた」
物を作れないのは辛いだろう? そう言ってヒゲモジャの笑顔を向けられた。それは工作を楽しむ少年の笑顔だ。
「あの子達は誘拐されてここにいることはご存知かしら?」
「ああ、知っている。親元に返してやりてぇが、親父どもが創作の助手として必要という以上、俺たちは手出しできねえ」
他者の創作の邪魔をしてはならない。それはドワーフのDNAに深く刻まれた絶対の誓約。
嘘偽りのない言葉。
信じるに足りる言葉。
足りないのは璃緒の相手を信じるための心的余裕。
ちょいちょいと時雨にスカートの裾を引かれドワーフから視線を外す。
「璃緒、これ……」
時雨が差し出してきたのは、基地内部を捜索している水鼠からのLIVE中継だ。カメラの小型化と通信技術の発展の恩恵である。
スマホに映し出されているのは、人が容易に入るほどの大きさのガラス瓶とその中に入れられた人間の姿――。
――それは生きた人間の瓶詰めだった。
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