二章 5話 璃緒、黄金の玉を狙う

 璃緒は久々だと思った。

「璃緒との活動もなんか久しぶりな気がする」

 だから、千秋から同じ想いを告げられて頬が緩んでしまう。


「自爆テロの時以来かしら。連続着せ替え魔の時は別行動でしたわね」

「どっちも酷い事件だったよね」


 千秋は酷さの方向性が真逆だったけどと続けてカラカラと笑う。


「変態紳士のことは、思い出したくありませんわ」


 ブラウスのリボンがついた袖を両手で掴み心底嫌だったとアピールする璃緒を見て、ますます愉快だと千秋が笑顔になっていく。


「おや、ひょっとして私の噂ですかな? 実は」

「げっ」


  変態紳士が開けた口を目掛けてファイアボールが最速最短で放たれる。

 それが10連射。


「熱い歓迎ですな。ただ、私は直火で炙られるよりも間接的に熱を感じたい派ですので。そう! 溶けた蝋などが至高! 覚えていただけますな?」

「ふざけないでくださいまし」


 眼前で静止している火球など無いかのように飄々と変態紳士、風魔は癖を語る。


「璃緒、まずは話を聞かないと。時期的に乗除酌量で出てきているはずだから」

 10発の火球を縫い止めた糸を手繰り、張り具合を調節する。風魔の返答次第では直ぐに切断して燃やせるように。


「聡明な判断です。今の私は刑期を全うした無辜の民。そんな私を魔法で攻撃したなどとあれば、至る所に障りができましょう」

「千秋さんがそういうのでしたら、お話くらいは聞いて差し上げてますわ」


 直火で炙られながら風魔は語る。鼻先が赤く、シルクハットのつばーーブリムがジリジリと音を立てて焦げていく。


「私の友人が行方不明になりまして」

「警察のお世話になっているのではなくて?」

「千里眼の持ち主なのだが」

「罪状は覗きですわね」

「何者かが幼女を拐かす所を目撃し助けに行くと連絡が来てから音信不通に」

「あら? もしかしましたら、そのご友人は真っ当な方ですの?」

「何を心外な。彼はYESロリコンノータッチを貫く紳士ですぞ。彼は千里眼を用いて常におはようからおやすみまでローアングルあおりの画角で幼女の安全を見守っているというのに」


 これだから、偏見に塗れた思考はいかん。と嘆息する。そんな風魔は、いつの間にか璃緒が先ほどまで着ていたブラウスとAラインのロングスカートを身につけている。


「んな?! 返しなさい!! 変態!」

「中々に肌触りの良い生地ですな。ただ、ウエスト周りが少々ブカブカなのがいただけない」


 ロングスカートのウエストを左手で抑えズリ下がらないようにしながらの暴言。

 結果は明白。璃緒の怒髪天を衝いた。


「圧縮領域10番開錠! フレイムアロー」


 呪文解凍のためのキーが唱えられ、火炎の矢が風魔へ驟雨の如く降り注ぐ。空から降る雨は傘を持たない人の衣類を確実に濡らす様に、炎の矢もまた風魔の衣類を焼き尽くす。


 瞬間に璃緒は魔法を消した。


 千秋が悲しそうな仕方ないと諦めたような顔を見てしまったのだ。


 璃緒の理性が語りかける。今、風魔を燃やせば、千秋が思いを込めて作ってくれたドレスも灰燼にきすぞと。


 璃緒の本能が騒ぎだす。風魔が今着ている衣類をお前は着用するつもりなのかと。洗濯してもう一度袖を通せるのかと。


 理性と本能の勝敗は決した。

「ストーンバレット。フォース逐次開錠」


 ドレスを傷めずに直接攻撃する事にしたのだ。風魔の肌着なら、いくらボロボロにしても心は傷まない。ドレスの構造を踏まえた上で狙うべき場所の最適解は一つ。


「ギャンっ!」

 風魔の悲鳴が響き渡る。

 スカートの真下から真上へと石礫を飛ばせば、ドレスを傷つずに済む。

 ヘビー級ボクサーのアッパーと同じ威力を持った拳大の岩石が時間差で、地面からロングスカートのウエスト部分の中心へと放たれた。


 全弾命中。


 あたくしの隣で千秋さんが、ご自身の股間を押さえて、風魔に憐憫の視線を向けてきますが、なぜかしら。


 璃緒は考える。スカートのウエスト部分になにがあるのかを。身体の構造上なにがぶら下がっているのかを。


「あー」

 気づいた。


 大事なところへの岩の硬さをもったヘビー級ボクサーのアッパー四連。


 自分がしでかした無慈悲に頭を抱える璃緒であった。

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