6話 模擬戦では手を抜かないでください
「璃緒、ストレス発散に一戦交えない?」
魔法使いの間でスポーツのように行われる魔術戦闘でもやって気分転換してもらおうという、千秋の意図を読み取ったのか璃緒は、
「無様ですわ、無様ですわ、無様ですわ」
そう言いながらも、ちゃっかり、巨鍵を幻素から実体化させる。大切な友人の心遣いを無碍にはしたくない。
「まったく……」
その様子に苦笑しながら巨針を正眼に構える千秋。
お互いの間にある空気がピリピリと徐々に緊張感を帯びていく。
――ッ
限界を迎えた互いの緊張感が、空気を引き裂いたような錯覚と共に爆発する。
と同時に、璃緒が火炎球を六発放った。
璃緒が振り下ろした鍵から放たれた火炎玉は、僅かに速度に変化が付いて避けにくいものになっている。
火の玉は、千秋を左右から挟みこむ軌道をとりつつ肉薄する。
火球のターゲットーー千秋が回避運動を取ろうとしたと同時に接触。
のちに爆発した。
オレンジ色をした熱エネルギーが、千秋の周囲で暴れ周り、焼き尽くす。
腕が焼き切れ、宙を回転しながら落下する。
太ももが燃え尽き、支えを失った胴が揺らぎ、倒れこむ。
「チッ――」
戦意むき出しな璃緒の舌打ち。
幾ら上品な少女の格好をしていても、本心までは装えない。その上、ストレスが溜まっている状況下ではなお更だろう。
「えいっ」
気の抜けた炭酸飲料水のような掛け声と共に、繰り出される高速の突き。
それは、璃緒の背面――死角からの一撃だった。
焼滅したはずの千秋の攻撃。
ダミー――燃えカスに人の一部を模ったぬいぐるみが残っている。
ーー分かってはいたけどやっぱり、火には弱いかな。耐火性能を縫い付けないとだめそうだ。
「ワンパターンなんだよっ!」
正面を向いたまま璃緒は、鍵を背中――右肩から左方の腰へタスキがけのように回し、防御。
璃緒は愚策だったと思う。これでは、次の行動へ繋がらないと。
カキンと高音を上げ硬質な物同士がぶつかり合う。
「あらら残念――」
千秋は璃緒の背中に蹴りを入れ、僅かな隙間を作る。
やっぱり、主導権を千秋に取られてしまった。
そして、千秋はそのスペースに針を突き出す。
必殺の刺突。
「避けれないでしょっ」
バランスを崩した璃緒には回避不能の一撃。
「確かに……だが――」
――回避不能でも防ぐことは可能だ。
千秋と璃緒の間に氷壁が出現する。
「――残念」
そう言いながら千秋は、氷塊をミシンの如く超高速で削りカキ氷にしていく。
ーーもし、これが爆弾によって作られた壁だったら? どう対応する? 選択を間違えれば、至近距離で熱と衝撃を浴びることになる。
「カキ氷食べる?」
地面に盛られた雪のような氷を指しながら言う千秋。
「いらないッ」
二時と十一時の方角から、まだ残っている氷の壁を迂回するように圧縮された水流が、千秋に襲い掛かる。
重心移動によるバックステップで鉄砲水を回避。
地面に当たった水撃は、飛沫を上げ、霧となる。
「全然見えないよぉ」
「それが狙いですわ。お馬鹿」
視界を白で塗りつぶされた千秋は、左右どちらから抜け出すか逡巡する。
ーー爆煙でも似た状況になるかも。
僅かな停滞。
それが命取りと言わんばかりに放たれる不可避の遠距離光撃。
落雷。落雷。落雷。落雷。落雷。
五発の雷撃――霧を吹き飛ばしながら降り注ぐ電流の雨。
だが、千秋には当たっていない。
全てのイカヅチの狙いが術者の意思とは無関係に別なもの――千秋が投げた針へとすり替わった。
自分で避けられないなら、雷に避けてもらおうという逆転の発想。
千秋が手にした宝玉と針は極細の糸で繋がっており、糸を玉が自らの内側へ収納する。
糸に引っ張られるようにして、針が千秋の手に戻ってくる。
「――なっ!」
璃緒の驚愕――予想外の回避方法だった。本来は、威嚇のつもりで霧から飛び出たところを仕留める算段だったのだ。
「あ、危なかった」
針が避雷針になってくれて良かった。そう思いながら、璃緒の姿を探す。
「……どこ?」
「ここですわ」
まだある余裕の表れか、璃緒は上空から千秋に声を落とす。
「降りてきてよー。攻撃できないからぁ」
千秋も負けじと声を投げ返す。
「本気をだしてごらんなさい?」
考え事しながら模擬戦を行っていたことを責めるニュアンスを含んだ言動。
「嫌。折角、璃緒が元に戻ったんだから」
集中していた勝てるとでもいいたげな瞳で璃緒を直視する千秋。
「盛り上がってる所悪いけど、出動要請があった。向かってくれ」
二人に詳しい内容を説明しているのは、千秋たちの同僚――魔草樹士のリュウヤ。
「解りましたわ。千秋さん申し訳ないですけれど……」
どうやら、体を動かしたことで璃緒のストレスは発散されたらしく、いつもの言葉遣いと雰囲気に戻っていた。
「うん。任せてっ」
このやり取りだけで、璃緒が何を頼んできたのかを理解した千秋は早速行動――璃緒のワンピースを仕立て直しに掛かる。
千秋が魔縫と呼ぶ
魔法使いが実用レベルで使用できる魔法は一つが限界とされている。それゆえに、自分にあったたった一つの呪文を生涯をかけて磨き、応用することで魔法でできることの範囲を広げていく。
千秋の魔縫は、縫製したものに本物と同じ性能を与えるもの。
魔縫使いだからこそ出来る神速の針さばきで、宝玉で無限に製糸できる夜色の糸を織り、洋服の生地を作り出す。
十分な量を織り終わると、直ぐに裁断し縫い合わせ、ワンピースを仕立て上げていく。
完成まで三分弱。
魔縫使いの本領発揮の瞬間だった。千秋の魔法は本来、戦闘用のものではなく生活のための魔法。今はそれを歪めて使用している。
「千秋さん、ご苦労様ですわ」
出来たばかりのワンピースを上品に着こなした璃緒は、千秋に謝辞を告げ、
「今度は醜態を曝しませんことよ。どこのどなたか存じませんが――
――覚悟なさい」
璃緒の声はどこか弾んでいる。ああ、ワンピース気に入ってくれたんだ。作った物を気に入ってもらえるのはやっぱり嬉しいな。
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