魔縫少女チートフルちあき
七海 司
拳銃の回収までがお仕事です。
1話 屋上のフェンスを乗り越えないでください
雑居ビルの屋上は警察により立ち入りが禁止されていた。そこで2人の少年が空を眺めている。
少し長めの髪型の千秋はどこかボーイッシュな少女のような印象を受ける。そんな千秋は雲を眺めながら、ポツリと呟く。
「こうしてると平和なんだよね」
「そうですわね。世界が重なって変わってしまったなんて思えませんわ」
千秋の呟きに答えるは、フリルがふんだんに使われた暗黒色のワンピースを着て女装している少年――璃緒だ。璃緒は、絹のようなサラサラの長髪を暖かな風に玩ばせながら、千秋と同じように空を仰いだ。
「ですが、今見ている空が現実であるように、過去のことも史実として受け入れねばなりませんわ」
「そう、だね」
上げていた顔を俯かせ、ぼそりと肯定の言葉を絞りだす千秋。璃緒からは千秋の顔を見ることは出来ない。が、長年の付き合いでどんな顔をしているかは察しが着く。
「そんな重責にかられることはありませんわ。千秋さんはよくやりましたわよ。わたくしちは最善の結果を残したのですわ」
今いる科学世界に魔法は存在していなかった。しかし、1年前に千秋たちが巻き込まれた事件を切っ掛けに正真正銘の魔法使いが現れた。
魔法使いが存在し科学者がいなくなった歴史をもつーー幻素技術の魔法世界。
科学技術が発展し魔法使いがいなくなった歴史を歩んだーー元素の科学世界。
異なる歴史と概念をもった二つの世界が縫い合わされ一つの歪な世界になってまった。
「だけど……平和な日本にテロが起こるようになっちゃたし……魔法使いが差別されてるんだよ」
これのどこが最善だったのと言う言葉を飲み込みながら、千秋は璃緒を見つめる。
「そうですわね。根本的に人とは能力が違いすぎるあたくし達ですから、差別や妬みがあって当然といえば当然ですわね。まあ、ヨーロッパ諸国より激しく無いのがせめてもの救いと考えるべきですわ」
あたくしだって、解りませんわ。そう思いながら答えを返し問への回答を曖昧な物にする。
この問題とも本気で向き合わないといけませんわね。
「だけど、ヨーロッパのテロリストが魔女狩りだって言って、テロを日本で起こしてるよ?」
いいですかと、璃緒は物分りの悪い生徒に教える先生のように言葉を続ける。
「ですけど、それを何とかしようという動きもありますわよ。魔法使い及び人類共同参画社会推進法ができましたわ」
魔法使い及び人類共同参画社会法――表向きは、差別無く魔法使いを受け入れようという法律。
「それ自体が差別になってるって何で気づかないのかな?」
「きっと気づいているはずですわ。ただ、差別をなくし新しいものを受け入れるのには段階と時間。それに実績が必要ですわ。だからあたくしたちは、Magic Secret Serviceに所属したのでしょう?」
「うん。自分にできることで失敗を挽回するって決めたんだった。璃緒ありがとう」
初心ーー犠牲を出さずに世界を元に戻す。そのためにも魔道具の回収をがんばらないと。それは千秋の目標にして自分自身を赦すための手立て。
「人の心って何でこうも弱気になっちゃうんだろ」
「責任感が強すぎるからですわ。千秋さんの感情は大きすぎる目標に尻込みしたり、自分にはできないと不安を感じてしまう。責任を果たそうとする意思からこぼれ落ちるものだと思いますわ」
2人は屋上からは人々が不安を消すために発展させてきた小見城町を一望する。闇を払うための街灯に、病を克服するための病院。それらはすべて生きる上での不安を消してくれる科学の結晶。
「だからこそ、あたくしは許せませんわ。技術を悪用する方々を」
敵意をもって見つめる璃緒の視線の先には、警官隊に包囲されている銀行がある。
「本部より、MSSへ。魔道具の使用が確認されました。対応をお願いします」
無線通信からの出動要請。否、突撃要請が出た瞬間、2人は駆け出し軽々とフェンスを飛び越え、重力に身を任せた。
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