第31話 ロレンツォに出来ることは

 コリーンの合格発表の日。

 ロレンツォはシフトを調節し、休みになるようにしていた。

 コリーンの体調が万全でちゃんと試験が受けられたのであれば、休みをとることはしなかっただろう。受かっているに違いないのだから。

 しかし落ちている確率が高そうな現在、コリーン一人にその悲しみを背負わせたくなかった。


「来なくてよかったのに。落ちてるよ、多分」

「……」


 ロレンツォはなんと言っていいか分からず、黙った。落ちていたら慰めるために来たのだが、上手く言える気がしない。女を慰めるのは得意なはずだが、相手がコリーンだと勝手が違う。


「受験番号は」

「112」


 コリーンがのろのろと支度をしていたせいで、とっくに合格発表の紙は張り出されていた。

 ここまで来てなお、のろのろと歩くコリーンに合わせて、ロレンツォものろのろと歩く。しかし当然ながら、いつかは到着してしまう。


「はぁ。来ちゃった。ロレンツォ、見て」


 自分で見る気も起こらないらしい。よほど自信がないのだろう。

 仕方なくロレンツォはコリーンに代わり、受験番号を探し出す。


「99、103、104、106……」


 コリーンはすでに諦めた様子で落ち込んでいる。


「108、110、111、ひゃ……」


 次の数字を、ロレンツォはコリーンの塞いだ頭を見つめて告げた。


「ひゃくじゅう……さん」


 113。112という数字は、そこにはなかった。

 コリーンは地を見つめたまま、肩を震わせている。

 危惧した通り、なんと言っていいかわからなかった。来年頑張れよ、などという無責任なことは言えない。コリーンが落ちたのは、自分のせいなのだから。


「……ごめんね、ロレンツォ」

「……どうしてコリーンが謝るんだ?」

「期待に、応えられなかった……」

「……」


 遠い昔を思い出した。

 まだロレンツォが兵士だった頃。騎士になることを応援してくれていたコリーン。長くその期待に応えられなかった自分。当時の惨めな気持ち。ある種の強迫観念。彼女もそれを感じてしまっているのだろうか。

 やはりなんと言っていいかわからず、もう一度112という数字を探す。するとそれは、一番端で見つかった。


「……コリーン、見ろ。あそこに112番がある」

「……え?」


 コリーンが顔を上げて確認をする。ロレンツォが指差して見せると、コリーンは複雑な顔をして呟いた。


「補欠合格……」


 中学を中退したロレンツォには、聞いたことのない言葉である。


「なんだ、それは」

「合格者の中で、事情があって入学までに辞退する人がいれば、その枠に入れるってこと」

「誰かが辞退すれば合格、しなければ不合格という事か」


 112番は補欠合格者の三番目に書かれていた。三人辞退しなければ、コリーンは入れないということだろう。その辺の事情はわからないが、すごく厳しい枠のように思えた。


「……どこかで食べて行くか?」

「ううん……そんな気分じゃなくて……ごめん」

「いや、いいんだ。じゃあ、帰ろう」


 喜ぶべきなのか慰めるべきなのかわからない。かと言って無責任に大丈夫だとも言えない。

 しかし、今後の身の振り方が考えられなくなった状況には違いない。まだ再就職先を探すわけにもいかず、ただ入学までの間、待つしかなくなった。まだ一ヶ月以上ある状態で。

 家に帰ると、簡素な食事を取る。いつもはなんだかんだと弾む会話も、葬式が行われているかのようにのように静かだ。

 二人は黙々と食べ終え、片付けが終わるとコリーンは無言で部屋に入って行った。


 折角シフトを調節したのに、なんの役にも立っていないな。俺は。


 はぁっと溜息をつく。コリーンのためなら裏口入学でもさせてやりたい気分だ。しかしそんな金はどこにもないし、あったとしてもコリーンに嫌われるだろう。バレて騎士職が剥奪されるのも困る。


 コリーンのために、俺が出来ることは何だ……?


 ロレンツォは、コリーンが部屋から出てくるまで、ずっとそれを考えていた。

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