人間国

第116話 確率の下振れ

「お前らは言われた事をこなせば良いのだ! 何故それが出来ぬ!」


 バシッ!


 顔は整っているのに心が醜い男が奴隷にムチを打っている。



 その心の醜い男は、床に伏せて耐えるだけの奴隷を、しばらくムチ打つと、再度奴隷に命令を出してから何処かへ移動をして行った。



 俺……いや、今生は女だから私にするか? まぁどうでもいい。


 私はただそれを見ている事しか出来なかった。


 何故なら、あの醜い私のに〈奴隷術〉を掛けられていて、父親の所業を見て学べと命令されているからだ。


 父親と言ったがただ血の繋がりがあるというだけだ、あいつは大勢の女性に子供を産ませて、〈奴隷術〉が継がれる事を求めている……いや、あいつも上から命令をされていると言った方がいいか……。


 伏せていた奴隷……農奴はヨロヨロと立ち上がると仕事へと戻って行く、仕事をして結果をださねばタダでは済まない事を皆が知っている。


 そして私は、父親の元で働いている執事に促されて屋敷に戻る……他にも幾人もいる半分血の繋がった子供らと共に……。


 私はもう8歳になった、名前は……無い。


 今も私と同じ様に名前を付けられていない兄弟姉妹と共に勉強をさせられている。


 このオーク帝国に従属している人の国の都合の良い歴史と権力の振るい方の勉強と。


 そして……彼らが奉じる絶対神とやらを信仰しろと強要をされる……いや、その神を奉じなければ支配層には成れないらしい……。


 ……女神では無いと思われるその神の像は、深海生物にタコとイカを足して煮込んだ様な見た目をしていた……私の父親や他の使用人もその神を奉じていて、目が濁っているというか……あれはもう邪神像だろ?


 そんな怪しい神からの祝福を10歳になったら受けないといけないらしく、もしもその神の祝福を得る事が出来ないのならば、私は他の奴隷達と同じ身分に落とされるのだとか。


 それを聞いた私の兄弟姉妹達は必死に神の像に対してお祈りをしている……。


 日に日に目が濁っていく兄妹姉妹と共に、〈奴隷術〉で縛られ、言われた通りの事をやるしか無い日々を過ごす。


 奴隷を使い潰さない適度なムチの打ち方等、学んで何の意味があるというのか……。


 だが、前世の知識を読むと、オーク帝国やその従属国への情報収集は非常に難しいと読める、獣人では大っぴらに敵国内で動けないのだから仕方ないだろう、それなら人間の女の子に転生した私ならどうだろう?


 私はただひたすらに勉強をし、支配層としての勉強の合間にこの国の事を学んでいく。


 父親は所謂荘園の主で、農奴を使い食料を生産するのが役目らしい、ああうん、立場だけで言えば上流階級の子供なので当たり転生なのかもだが……この状況を見ると最悪最低のはずれとも言えよう。


 この国の国民のほとんどが奴隷階級で、極々一部の……女神とは違う神への信仰に目覚めた者が支配者として君臨する構造らしい。


 この神……いいやもう邪神と言おう、この邪神はオーク帝国と属国である人間国を蝕んでいるっぽい。


 奴隷の民にその信仰を押し付けないのは非支配者層の数を減らしたくないのと、女神からの祝福を受けさせない事で反乱を防いでいるらしい。


 人間のほとんどがまだ女神を奉じているのだと知れてホッっとしたが……その表情を周りの使用人等に見せる訳にはいかず、常に冷たい眼差しを人に向ける努力をした。


 ……。



 ……。



 ――


 10歳になる年が来た、私は同年代の兄妹姉妹と共に邪神の教会へと連れていかれる。


 そして順番に兄妹達が気持ちの悪い形をした神の像の前で祈りの文句を捧げる。


 女神からの祝福は光る玉だが……邪神のそれは黒い玉だった……。


 私の前に黒い玉が出た男の子は父親に名前をつけられてから〈奴隷術〉を解かれていた、もう仲間だという事なのだろう、彼の覚えたスキルは〈拷問術〉だった……。



 そして黒い玉の出なかった子供は〈奴隷術〉をかけられたまま農奴へと落ちる……名前の無いままに。


 〈奴隷術〉は無限にかける事の出来る能力では無い、かけるには触媒が必要で術者の魔力は術を掛ける時のみに消費する、奴隷術の効果時間が触媒の質によって変わってくるので、全ての国民を〈奴隷術〉で縛る事は出来ない。


 ただし支配者候補として学問を施した者で邪神の信仰に目覚めなかった者は〈奴隷術〉で縛る必要があるのだろう。


 そして……そんな者らはオーク帝国へと連れていかれる事もある、勿論帰って来る事は無い。



 私の番だ、〈奴隷術〉によって主と見なされる父親から神への文言が伝えられて唱える様に命令をされる。


 私の体は勝手に動いて。


「全ての神に敵対せし我らが絶対神に従属と祈りと捧げる」


 それを唱えてしまった……が、何も起こらず……父親の舌打ちと共に成人するまでは農奴に落ちる事が決まった。



……。



……。



――







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