エピソード9(Final)「カフェ・ノーラと――」

1-1.中尉の後任でしょうか?





「ただいま戻ってきましたー!」


 カフェ・ノーラのドアを開けて、シオはホクホク顔で声を張り上げた。

 肩から担いだ袋は、外からでも分かるくらいに大きく膨らんでいる。床に降ろせばドシンと音がしていかにも重そうだ。


「お疲れさん。今日もぎょーさん狩れたみたいやな」

「ええ。運良くウシドリのグループと遭遇しまして」


 ウシドリはゲァ・ピッグと並んで食材として人気のモンスターだ。ランクそのものは高くないが、めったに出くわさないため値段もややプレミア感がある設定となることも多い。カウンターから出たクレアは袋の中を覗き込み、頭の中で皮算用してニンマリとした。


「売ってもよし、ここで出しても良し。エエもん狩ってくれたで、ホンマ。おおきにな」

「偶然ですよ。あ、他にも素材も集めてきましたので、良かったらぜひ」


 シオの言うとおり袋の中には他のモンスターの爪や毛皮なども詰め込まれていた。中には前々から試してみたいと思っていた素材もあり、クレアは手に取りながら嬉しそうに眺めていく。


(お、エエやんエエやん……ふんふん、コイツはすり潰して金属と混ぜれば安く魔素伝導率を上げられそうやな。んでこっちは――)


 武具制作者としてのさがなのか、無意識に加工方法をあれこれと考え込んでいく。が、すぐにハッと我に返り「ここで考えることやないな」と頭をかいた。

 すると、キョロキョロしていたシオがパッと視線を自分に戻したことにクレアは気づいた。何事もなかったふうに装っているが、彼女は目ざとく察しがいい。ははぁん、とわざとらしく声を上げてニタニタ笑った。


「そないにそわそわせんでも、シオちんが大大だーい好きなノエルちゃんは冷蔵倉庫で整理しとるで」

「ちちちち違いますよ! 僕は別にノエルさんを探してたわけじゃ……」

「無理せんでエエって」


 一日一回はこうしてからかうが、その度に分かりやすいくらい顔を真赤にしてくれる。もうエエ加減慣れてもエエ頃やろうに、なんともからかい甲斐のある子や。クレアは「暑い暑い」と手うちわで扇ぎながら倉庫を指さした。


「こっちはウチで処理しとくさかい、シオちんはノエルの手伝いに行ってき」

「……いいんですか?」

「かまへん。どうせ今は客もおらへんしな。あ、これは持って行ってな」


 袋からウシドリの肉を取り出すと、クレアは一つ十数キロはありそうなそれをひょいひょいっとシオに放り投げていった。受け止めるシオも、この程度の重さで体勢を崩したり肉を落としたりするほどルーキーではない。


「革は剥いでくれとるから、冷蔵倉庫で塩まぶして保管しといてや」


 クレアの指示にうなずき、シオは冷蔵倉庫へ向かった。ドアを開けると身震いするような寒さが吹き出してくる。いつ来ても少し気後れしそうになるが、シオは腹に力を込めて脚を踏み入れて中を見回した。


「ノエルさーん。帰ってきましたよー」


 しかしノエルの姿が見当たらない。呼んでも中で反響するだけで、彼女からの反応も聞こえてこなかった。

 クレアはここにいると言っていたけれど、他の場所に行ってしまったのだろうか。首を傾げながらシオは冷蔵倉庫内を歩き回り、そして立ち止まった。

 なぜならば。


「ノエル、さん……?」


 倉庫内で小麦粉などの袋が高々と積まれた一角。

 その影で――ノエルが倒れていたのだから。


「ノエルさんッッッ!?」






 トントン、と控えめにノックする音を聞いてシオはうなだれていた頭を上げた。音は小さいのにやけに耳に残るのは、それだけこの部屋の音が消え失せてしまってるからだろうか。そんなことを考えながらシオは返事をした。


「……どないや、様子は?」


 倒れているノエルを見つけたシオは、あの後急いで彼女を抱えて冷蔵倉庫を飛び出した。クレアを呼んで、冷え切った彼女の体を風呂場で温めてからベッドへ運ぶ。その直後から、ノエルが高熱でうなされ始めた。

 それが二日前の出来事。怪我も滅多にしないが、病気で具合が悪い様子も見たことが無かった。事実、クレアにとっても初めてのことらしい。シオは気が気でなく、この二日間もほぼ不眠でつきっきりの看病をしていた。


「少し前に熱は治まってくれたようで、今は落ち着いてます」

「そやったか。なら良かった」


 シオからそう聞かされ、クレアはホッと表情を崩した。ベッド脇のチェストに持ってきた洗面器とタオルを置いて横になっているノエルの顔を覗き込むと、確かにシオの言うとおり寝顔は穏やかだった。息苦しそうな様子もなく、これならそう時間も掛からずに目を覚ますだろう。


「ホンマ、心配させよってからに……」


 シオが担ぎ込んできた時は本当にどうしようかと心胆が冷えたものだが、こうしてすやすやと落ち着いた様子を見ていると現金なもので、今度は逆に憎らしさが込み上げてくる。

 寝てる間に鼻っ柱の一つでも弾いてやろうと中指を親指で押さえ、そっとクレアはノエルに近づく。何をしようとしているかシオも気づいたが、彼女の気持ちも分かるので苦笑いをしながらそっと目を逸らした。

 のだが。


「お? おおお……お?」


 後は指に力を入れて弾くだけ、という距離まで近づいたところでノエルの目がパチリと開いた。

 大きな目がまぶたの間で左右に動き、その瞳に捕捉される前にクレアは高速で腕を引っ込めて、何事もなかったようにキセルを口にくわえた。


「……なんや?」

「何も言ってませんよ」


 苦笑いが加速するばかりだが、シオも追求しない。ツッコミは入れたくもなったが。

 二人のやり取りをノエルは感情のこもらない瞳で眺めていたが、やがて体を起こすとクレアの顔を真っ直ぐに見つめた。


「おはよう、クレア。どうして私の部屋に?」

「おはようさん。どうしてもこうしてもアンタが倉庫でぶっ倒れたからや。具合はどうや?」

「問題ない」


 ノエルは即答した。彼女の場合、状況によっては問題があっても即答する可能性があるので鵜呑みにできないが、今は本当に問題ないのだろう。顔色も悪くなく、クレアは改めて安心した。


「追加で情報を提供。倉庫で倒れたという記憶もない。クレアの勘違いである可能性を指摘する」

「阿呆言うなや。ウチだけやなくてシオちんもアンタが倒れとるん確認しとるや。ったく、重たいアンタをここまで運ぶん大変やったし、二日も眠り続けとったんやで?」

「記憶と齟齬がある。にわかには信じがたい話」

「シオちんも二日間、ほぼ休まんと看病しとったんやからな? いくらシオちんとはいえ、ちゃんと感謝しとくんやで? エエな?」

「まぁまぁ。僕がしたくてしたことですから。びっくりもしましたし心配もしましたけど、回復したみたいですし良かったです」

「なるほど、記憶は不明だけれど状況はおおむね把握した。二人に迷惑を掛けた謝罪と感謝を。ところで」


 ノエルはクレアの後ろに立つシオへと視線を向けた。

 普段から彼女はこうして、知らない人からしたら不躾とも思えるほどに真っすぐに目を見つめてくる。そこは変わらない。だが、数えきれないほどその視線を受け止めてきたシオは、今向けられているその視線に違和感を覚えた。

 彼女の首がゆっくりと傾く。機械的とも思える動きで首をひねる仕草をする。

 そして、シオを見つめたまま言った。


「――そちらの方は、エドヴァルド中尉の後任でしょうか?」





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