8-2.俺らだってやれる
「止まって」
学科長に断りを入れた上で生徒たちを一度停止させた。ここで止められると思っていなかったからか、全員が怪訝な顔を浮かべる。けれども私とて無視はできない。なぜなら。
「さっきの遺体が見当たらない」
往路の途中で見つけた一般探索者の遺体。それがここまでの道中で見つかっていない。時間を鑑みれば、移動距離としてはすでに通過していて然るべき。
「……モンスターに喰われた、とか?」
「可能性を否定しない。けれど、確率は低い」
最奥部とそこまで離れているわけでもなく、私たち以外の気配を感じたことはなかった。中には隠密行動を得意とするモンスターもいるけれど、それは総じて高ランクに位置される。とてもCランク迷宮に出てくる敵ではない。
「加えて、往路と道が違っている可能性は高い」
最奥部に到達するまでは、ほぼ直線だった。坂もなくフラット。なのに、最奥部を出てからの道は緩やかな登り坂で、わずかに湾曲している。
「言われてみれば……」
「僕も何か妙だなと思ってましたけど……やっぱり勘違いじゃなかったんですね」
「ここは何かがおかしい。学科長。探索試験はここで終了し、私とシオの指揮下に入って速やかに脱出することを要求する」
私がそう提案すると学科長は少し考え込み、けれどすぐにうなずいてくれた。
「ここは迷宮です。有能な探索者のお二人がそう判断されたのであれば、私に異存はありませんな。もちろん」生徒たちへ向き直る。「貴方たちの評価が無かったことにはならないので安心を。ここまでの探索で評価させてもらいます」
「決断、感謝する」
謝辞を述べ、そうしてシオが先頭、私が殿という形で進もうとしたその時だ。
突如として、激しい揺れが襲ってきた。
「っ……!」
「な、なに……!?」
立っているのもやっとなくらいの強い揺れ。それがずっと続いて止む様子がない。地響きに混ざってギシギシと不気味な音がして、見上げれば天井にヒビが走っていた。
一部が崩落し、轟音と砂埃を大きく舞い上げる。このままでは危険。
「全員走って」
シオが真っ先に反応し、生徒たちも後に続く。揺れは多少小さくなったものの止まることなく続いていて、天井や壁のあちこちが崩れてきていた。大小様々な破片が落下してくるけれど、そこはさすがにシオ。上手くルートを取ってくれて生徒たちに被害は及んでいない。
けれどもその途中で、不意にロランが脚を止めた。
「ロランッ!? 何してんのよ!?」
シェリルの声に耳を貸さず、彼は来た道を少し逆走して立ち止まった。そこには、高価そうな指輪を嵌めた腕が転がっていた。
「ユリアン……? ユリアン!」
半信半疑だった声が確信を帯びた悲鳴に変わる。
残されていたのは右腕、そして頭だけだった。絶望に満ちた半笑いの顔で彼は絶命しており、その血の匂いや遺体の新鮮さから推察するに、まだ真新しい死体と思われる。
ロランの悲鳴を聞いたグレッグたちも脚を止め、「嘘だろ……」と顔が悲痛なものに歪んだ。ロランに比べれば関係性は薄いものの、ユリアンは同じ学院の生徒。先程の探索者の死体とは違って、一気に死が身近に感じ始めたの違いない。
「あ、ああ……なんてことだ。よもや生徒に犠牲者が出るとは……しかもよりによってあのヴェルニコフのご子息だなんて」
「嘆くのは後」
学科長が禿頭を抱えているけれど、今は嘆いている暇はない。
右腕を変形させ、銃口を露出させる。そしてそれを――遺体を呆然と見下ろしているロランへと向けた。
「ノエル先生!? 何を――」
マリアが言い終わる前に引き金を引く。その直前にシオがロランを押し倒し、十四.五ミリ弾が彼らの頭上を通過してロランへ飛びかかろうとしていたモンスターへとめり込んだ。
「モンスター!?」
襲ってきたのはセタウルフ。Cランクモンスターだ。しかしここまで私が接近に気づけないのもおかしいし、その動きも速かった。到底Cランクに思えない。
それが――奥から大量に迫ってきている。強くなっても群れを形成する特性は変わっていないらしい。
「逃げて」
「待ってくれ! ユリアンを……せめてアイツだけでも!」
「不可。今すべきは一刻も早く逃げること」
なおもロランはユリアンの遺体に固執を見せる。二人の仲はもっと険悪だったと記憶しているけれど、それでも何か同じ貴族の子弟ということで通じ合うものはあったのかもしれない。
こういった状況でなければ彼の意志を優先させてあげるべきと思料する。しかし今優先すべきは身の安全。シオごとロランを抱えあげると、そのままグレッグたちの方へ二人を放り投げた。
先に逃げ始めていたグレッグたちの前にシオが着地し、ロランの手を引っ張って逃げていく。そばにいたマリアも走り出し、この場には私一人残された。
「先生!?」
「大丈夫、問題ない」
セタウルフの激しい息づかいと足音に耳を傾けつつ、振り返ったマリアに短く応える。
スカートの端をたくし上げる。脚のタイツが破れ、せり出したポッドからミサイルが飛び出していく。それがセタウルフの群れに着弾し、激しく爆発した。
熱と衝撃が私の髪をたなびかせる。戦場を思わせる焔のカーテンと火薬の匂い。セタウルフの大部分は焔に飲まれたけれど、まだ七匹程度が残っている。それらが火を乗り越えて飛び出してきた。
「先生、早く逃げてッ!!」
「言ったはず。問題ない」
右腕を天井に向け、一四.五ミリ弾を発射。爆発で脆くなっていた天井が弾丸の衝撃に堪えられず崩落し、迫ってきていたセタウルフをみんな飲み込んでいく。
残響に混ざる鼓動が聞こえなくなったのを確認。それからバーニアを噴射し、立ち止まって私を待っていたマリアを回収し、前を走る皆へと追いつく。
「す、すごい……」
「ここからは自分で走って。振り返ることも不要」
心配はありがたいけれど、まだ彼女たちは生徒で私は教員。だから今は私を気にせず守られていてほしい。そう言うと、マリアは少し困った顔をした。なぜだろうか。いや、今はそこを気にできる状況ではない。
「シオ」
「分かってます!」
正面にまたモンスターの赤い瞳を捉えた。ナノドラゴンやダンジョンドッグなど、本来はCランクの敵がCランクとは思えない速度で襲いかかってくる。それらを次々とシオが一撃で倒していくけれど――
「後ろからもッ!?」
「なんて数だよ!」
分かれ道がある度に私たちを追いかける敵が増えていく。数はCランク並で、強さはB-1からB-3ランク。私たちでなければとんでもない悪夢だと思う。
「シオ、右上方」
「しまっ……!」
通路上方に潜んでいた敵が、頭上から唸り声と唾液を撒き散らしながら飛びかかってくる。前方の敵を対処していたことで、シオの反応が一瞬遅れた。
けれど。
「く、喰らえっ!」
「舐めんじゃねぇ!!」
ジョシュアが放った焔魔導がモンスターを飲み込み、悲鳴が上がる。そこをグレッグが容赦なく一断し、真っ二つにした。
さらに。
「俺らだって――」
「戦えるんだからッ!」
シェリルの放った風魔導が奥から迫ってきていた敵を切り刻む。撃ち漏らしたモンスターがなおも迫ってくるけれど、ロランがシオの脇から飛び出して敵の喉元を一突き。一撃で倒してしまった。
「私も、守られるのではなく守る人間になるんですッ!」
「はっは! 生徒たちに負けているわけにはいきませんね!」
私の前にいたマリアも剣を振るい、氷の刃を飛ばしてダンジョンドッグを次々に串刺しにしたかと思えば、学科長までメガネを光らせて強力な魔導を放ち、あっという間にモンスターたちが全滅した。
「無茶はしなくていい」
「無茶じゃねぇよ! 俺らだってやれると思ったから戦ってるんだ!」
「戦力は多い方がいいだろ?」
「大丈夫! 本当にやばくなったら先生に任せるから!」
口々に生徒たちが主張し、シェリルに至ってはウインクをしてきた。けれど皆、剣を握る手や脚が微かに震えていた。
怖いのは当たり前。こんな強いモンスターは想定してないし、そんなモンスターが次々襲いかかってくるのだから。それでも恐怖にくじけず立ち向かおうとしている。私には理解が難しいけれど、でも知っている。その姿が尊いと人は判断するのだと。
「承知した。私たちが撃ち漏らしたのは任せる。だけど自分の身を守るのを最優先。いい?」
力強く全員がうなずく。エドヴァルドお兄さんも言っていた。「窮地に陥った時に、人は一番成長する。特に若い時は」と。ならば私も彼らの力を信じてみよう。そして私は、彼らが失敗した時に適切にフォローすればいい。
ここは迷宮。魔素の補充に困ることはない。私の内でうごめく精霊の存在を確かめ、私たちは再び迷宮の外へ向かって走り始めた。
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