7-3.アザートは、運命を知った
「ここまで一本道だった……よな?」
「ああ、そのはずだ」
マッピングしてきた地図を見下ろす。確かにそこには一本道が示されていた。そして、ここまで戻ってきた道にも枝分かれはなかった。
しかし男の目に映るのは、記憶とは違う道だった。迷宮内はどの道もだいたいは同じ外観をしているのであまり見分けはつかないが、長年斥候役として多くの迷宮に潜った彼の目には明らかに異なる道にしか思えない。
同じ違和感はアザートたち他のメンバーも抱いた。何がどう違うかと問われれば明確に回答できないものの、何かが確実に違う。
「どうしたんだい?」
「坊っちゃん……ここからはちょいと慎重に進ませてもらいますぜ」
緩んだ雰囲気が一気に緊張に変わり、アザートは握る剣に力が入るのを感じた。
さらに進む。慎重さを増して速度は遅くなり、ユリアンにも焦りが生まれ始めていた。
ロランたちの速度を考えればまだまだ余裕はあるはず。頭では分かっているが、さっきまでとは雲泥の速度差に、追いつかれるのでは、あるいは前からやってきたロランたちと遭遇するのではないか、と思ってしまう。
「なぁ、アザート? もっと速度を上げても――」
「しっ!」
しびれを切らしたユリアンが提案しようとするも、斥候が鋭く制止した。
自分の発言を遮られたユリアンは不快さを露わにする。だが、アザートたちに彼の顔色を窺う余裕はなかった。なぜなら――そこにあるべきものがなかったのだから。
「どういうことだ……? なぁ、さっきお前が開けた孔はここだったよな?」
「それどころか、ここは直線だったはずだ。こんな急に右に曲がってなんかいなかった」
「ああ、それは間違いない……見てみろ」
斥候がしゃがんで壁を指差す。彼は孔をくぐった後に独自の目印を壁に刻んでいた。その印はキチンと残っている。ただし――半分だけ。
「半分だって……? 何が起きてんだ?」
「俺にだって分かるもんか。こんなの、他の誰かが嫌がらせをしたとしか思えねぇ。それとも迷宮が勝手に変形したか――」
首を捻っていた斥候役の耳がその時、足音を捉えた。すぐさま仲間たちに合図を送り、身構える。ここまで不可解な出来事が連続している。不気味な気配に、嫌でも緊張は高まっていった。
果たして現れたのは――小型のナノドラゴンだった。
「なんだ、ナノドラゴンかよ……」
彼らは一斉にため息を吐いた。ドラゴンと名を冠してはいるが、Cランクに属するモンスターだ。体高もせいぜい成人男性の腰程度。たまに大量に現れるので厄介ではあるが、噛まれても鋭い牙が短く突き刺さるくらいで、鍛えた探索者の肉を食い千切るほどの強さはない。それが三匹だけ。油断はできないが、余裕で対処できる相手だった。
「たいした素材にもならねぇヤツだが、無いよりマシだ。ちょうど暴れ足りないと思ってたところ――」
アザートが剣を構えて小さく笑った。
その時だった。
「なっ……!?」
唸り声を上げていたナノドラゴンの姿が消えた。そう見えた。気づけば目の前にナノドラゴンが迫ってきていて、アザートは慌てて剣を振り下ろした。
「っ!?」
しかし鋭い一撃はあっさりとかわされ、彼と斥候の間をスルリとすり抜けていく。
「しまった!?」
「任せとけ!」
生徒を守るようにハンマーの男が立ちはだかる。さらに大盾を持った男も前に進み出て、ナノドラゴンの進行を踏ん張り食い止めた。
「おらぁっ!」
ハンマーがナノドラゴンの頭へと振り下ろされる。会心の一撃とも言えるそれは見事に頭蓋へと激突し、頭を砕いて体を地面へと叩きつけた。そのはずだった。
しかしその一撃で倒せるはずのナノドラゴンは生きていた。地面に倒れた状態でハンマーの男の脚へと噛み付いて、そのまま脚を――食い千切ってしまった。
「ぎゃあああっ!」
「ジェラードッ! だい――」
大盾の男に影が覆い被さる。見上げれば、二匹のナノドラゴンが天井スレスレまで飛び上がっていた。
二匹が相次いで大盾の男にのしかかる。男は踏ん張りきれず仰向けに倒れ、気がつけば
悲鳴を上げることすら叶わず喉を食い千切られる。二匹に喉を、頭を噛み潰されて男は絶命した。
「うわあああぁぁぁっ!」
アザートは得体のしれない恐怖に絶叫した。斥候と共に、仲間を食い散らかすナノドラゴンへと剣を突き出す。だがその切っ先が届く前に、異様に長い尻尾が強かに二人を壁へと叩きつけた。
衝撃が体を突き抜ける。馬鹿な。ナノドラゴンにここまでの膂力は無いはずだ。しかし現実に、自分はこうして壁にもたれ尻をついている。アザートは混乱した。
ダメージで動けずにいるアザートの前で、ナノドラゴンがキュイキュイと可愛らしい鳴き声を上げた。口を大きく開けて鋭い牙をアザートに突き立てようとし、ところがそのナノドラゴンの体が突如として何かにさらわれていった。
「グルルル……」
唸り声が響く。見れば、アザートたちに夢中になっていたナノドラゴンが捕食されていた。それも、こちらもCランクのはずのセタウルフに。
自分たちを圧倒したナノドラゴンがセタウルフに貪り喰われている。もはや何が起きているのか、アザートには全く理解できなかった。ただ目の前の光景を唖然として眺めているだけだったが、不意に気づく。
(セタウルフは……集団で行動するモンスターのはずだ。なら――)
「うわあああああっっ!」
壁際でただただ剣を震わせていた生徒たちから悲鳴が上がった。アザートがそちらを向くとそこには――無数の赤い瞳がギラついていた。
アザートは、運命を知った。
「な、んだよ、これ……なんだよなんだよなんだよなんだよッ!」
他方でユリアンもまた恐慌状態に陥っていた。思考がままならない。勝手に体が震え、呼吸することさえも覚束ない。
自分は万全を期した。B-2からB-3クラスの探索者を護衛につかせ、教官も買収した。負ける要素の無い勝負に勝って、あの馬鹿ロランの悔しそうな顔を堪能するだけの一日だったはずだ。
なのにアザートたちは倒れ、一人は脚を失い、一人は頭を食い潰された。そしてユリアン自身はモンスターに囲まれている。
「お、お、お前ら! 僕を囲めッ! いいか、絶対にモンスターを僕に近づけるんじゃ――」
「アガああああッッッ!?」
彼が叫び終わるよりも早く悲鳴が上がった。彼の取り巻きだった一人が、セタウルフに喰い付かれていた。
「ひぃっ! た、すけ――」
次に、買収した教官が為すすべもなく腹の肉を切り裂かれる。ユリアンの護衛についていたアザートの仲間も、セタウルフ数匹に一斉に飛び掛かられて瞬く間に血と肉の塊と化した。たまたまユリアンの前にいた生徒がセタウルフの爪で引き裂かれ、激痛に泣き叫ぶ。
血しぶきと、鉄さびの匂い。恐怖がユリアンを染めていき――やがて彼は一人逃げ出した。
「待って……ユリアン様! 助け――」
自分に媚びていた生徒が助けを求める。が、それはユリアンには届かなかった。
人が咀嚼される音が、逃げるユリアンに届く。荒い自分の呼吸音にかき消されてもおかしくないくらい小さな音なのに、その気味の悪い音は耳にこびりついて離れない。
「なん……で! どうしてこんな……」
脇目も振らず彼は逃げる。出口じゃなくてもいい。ここから……ここから離れられればそれで良い。
そう願って彼が行き着いた先では。
「あ、は……」
無数の赤い瞳が、彼を待ち受けていた。
「あ、は、は、は、はははははははははは!」
立ち込める獣の匂いと唸り声。対する自分はほぼ無防備。握っていた剣さえ、どこかに落としてきてしまった。ただ、笑うしか無い。
モンスターたちが一斉に飛びかかってくる。腕に、脚に、肩に牙が食い込んで激痛が走る。だがそれも一瞬。彼はひたすらに笑い続け、その声を迷宮に響かせながら喰われていったのだった。
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