6-1.僕たちと一緒に食べませんか?
というわけで、翌日からグレッグたち生徒たちへのトレーニングを開始した。
目標は探索者の中でも一人前と言われるB-2クラス程度に設定。元々どの生徒もいわゆるエリート。素材は申し分ないし、現時点でも力は十分にある。
それでもB-2クラスというのは、この短期間では困難と言わざるを得ない。とはいえ、不可能というわけではない。ならば目標達成のためにすることはただ一つ――ギリギリの訓練をするだけである。
「ぎぃやあああああっ!?」
「死ぬ死ぬ死ぬっ!?」
「大丈夫、死ぬ前に生き返らせる」
連日連夜、彼らの悲鳴を聞き流して徹底して追い込む。同時に知識も詰め込む必要があるため座学も欠かせない。なお深夜の座学においても悲鳴が響いたので、寮の新しい怪談が生まれたという話を耳にしたのは余談である。
訓練で疲弊した肉体と頭脳は、夜の休息で短時間かつ効率的に疲労を除去してやることが必要。そしてその方法も当然ギリギリ。
寝る前に私とシオでヴォルイーニ帝国式疲労回復マッサージにより血流を限界まで高めたところで回復薬と睡眠薬を健康被害が出ないギリギリまで経口摂取させる。即座に彼らが死んだように眠るので、水魔導で回復を促進してやる。
そうすることで、日付変更後から夜明け前の短時間睡眠でも疲労は完全除去され、早朝から訓練が可能となる。なお、水魔導は数時間続ける必要があるけれど、そもそも私には長時間の睡眠も魔素の心配もないので問題はない。
「別のところに問題は大有りですけどね」
「承知の上。無理を通すには無茶が必要」
訓練については具体的な描写は避けるけれど、壊れるギリギリまでの鍛錬かつ合法ドーピングによる回復を繰り返した結果、彼らの実力は日に日に上昇していった。一応触れておけば、私自身の改造が終わって軍の訓練を始めたばかりの頃よりは優しいレベルに控えてはいる。
にもかかわらずこうも成長速度が大きいのは、彼らの伸び代が大きいことも起因していると推察する。ともあれ、教えた生徒たちが成長していく姿を見ていることがこんなにも楽しいとは思わなかった。私を鍛えた教官たちが嗜虐的な笑みを浮かべていた理由が何となく理解できる。
「……たぶん、ノエルさんとは違った意味で楽しんでたと思います」
シオのツッコミが入ったけれど、じゃあどんな意味で笑ってたか問うと、彼は曖昧に笑って何処かへと逃げていった。何故だろう?
そうこうしているうちに約三週間が経過。生徒たちは一人の脱落者もなく私の訓練を全員完遂した。なお、当プログラムに参加した彼女らからは――
「死ねる。死なせて欲しい」
「どうやったらこんな方法考えつけるのか分からない」
「朝陽を拝めることがこんなに嬉しくないとは思わなかったです」
「ただ、地獄だった」
「生き残れたのが謎」
などの感想を頂いた。かなりマイルドに鍛えたとはいえ、私も当時は似た感想を抱いていたから彼らの気持ちはよく分かる。過酷な訓練だったけれどよく脱落せずやり切った。きっと強い自信になったと思料する。
さて、迷宮探索研修までは後二日だ。残りの時間は疲れを癒やしつつ、これまでのおさらいがメインとなるので訓練自体は至って穏やか。生徒たちも心穏やかに訓練に勤しみ、平常どおりの時間に鍛錬を終わらせて、私とシオは寮の食堂にいた。
「ここの料理が食べられなくなるのが残念ですね」
シオが名残惜しそうにトレーの上の皿を眺め、私も隣でうなずいた。
この学院に来て以来、私たちは生徒たちと同じ寮に寝泊まりしている。学院外のホテルや短期のアパートという選択肢もあったけれど、無料かつ三食付きプラス通勤時間短縮という点を考えると、寮を選ばないのは非合理的だ。
なので私とシオは迷わず寮生活を選び、連日ここの食堂を利用しているわけなのだけれど、ここの料理は非常に美味だと評価している。決して高級な食材を駆使しているわけではなく、しかしながら丁寧に調理されていて味付けも絶妙と思われる。ぜひカフェ・ノーラでも採用したいメニューであり、おばちゃんからレシピを教えてもらうのが日課になっていた。
しかしここを利用するのも後三日。むぅ、非常に残念と言わざるを得ない。
「あれ、せ、先生?」
ならば残りの食事、しっかり堪能せねばと思料しつつ席を探していると声を掛けられた。振り向けば、ジョシュアが私たちと同じくトレーを持って立っていた。
「先生たちも……寮に住んでるんですか……?」
「肯定。学院に滞在してる間はここで寝食している」
「ぜ、全然気づかなかったです……今からご飯、ですよね?」
うなずくと、ジョシュアが不安そうな上目遣いでこちらを窺った。どうしたのだろう?
「よ、良かったら僕たちと一緒に食べませんか……? そ、その……お、お二人だけで食べたいのであれば気にしないでくださって、構わない……ですけど」
「構わないけど……いいの? 僕らがいたら空気崩さない?」
「そんなこと!」ジョシュアが急に声を大きくして、それから尻すぼみになっていった。「ない……です……」
シオが私の方を向いて意見を伺ってくる。もちろん異論は無い。コミュニケーション能力に欠ける私がいても会話が弾むことは無いと想像するが、望まれて断る理由もない。
「なら、お邪魔させてもらおうかな。案内してくれる?」
するとジョシュアが分かりやすく破顔した。「こっちです!」と私たちを連れていき、そこでは他のメンバーが楽しそうに夕食を摂っていた。彼らは私たちの姿を認めると目を丸くし、けれどもすぐに私たちのスペースを開けてくれた。
「ありがとう。みんな集まって食べてたんだ。毎日来てたのに気づかなかったよ」
「俺らもこの研修始まってからだぜ」グレッグがニッと笑った。「せっかくパーティ組むことになったんだし、普段から親睦を深めようってシェリルの発案でな」
「まーね。と言ってもこの三週間、みんな疲れ果ててるから無言でご飯を口に押し込むだけに近かったけど」
それは仕方ない。みんな特別プログラムで肉体を酷使してたのだし。それでも一緒に食事を摂るだけ仲間意識が強いと考える。迷宮探索をする上で、それは非常に重要。
「あれだけしごかれたらイヤでも仲間意識は強くなるさ。他の人にはとても見せられない姿まで互いに見せてるしな」
「マリアさんが眠気に負けてご飯の中に顔を突っ込んだのは衝撃だったな」
「それを言うならシェリル、君が寝ぼけて食堂で服を脱ぎ始めたのもなかなかだったぞ?」
笑いながらこの三週間の事をマリアたちが銘々に口にする。雰囲気は悪くない。研修で潜る迷宮はC-1からB-3ランクだと聞いているから、油断さえしなければ十分に余裕をもって突破できるだろう。
「ところで……ロランくんは? 姿が見えないけど」
「アラカルトメニューの方に行ってたはずだけど……確かに遅いわね。何やってんのかしら、アイツ」
キョロキョロとシェリルが周囲を見渡し始め、私たちもロランを探す。するとジョシュアが「あ、あれ……かな?」と指さした。
彼が教えてくれた方向を見てみると、確かにそこにロランはいた。ただし、ユリアンと共に。
ロランとユリアンは食堂の通路で向かい合っていた。あの二人である。当然友好的な雰囲気というわけでもなく、飄々としたユリアンに対してロランがけんか腰に反論しているように見える。ただ食堂の中は結構うるさく、二人がどんな会話を交わしているかまでは聞き取ることはできない。
そのうち朗らかに笑いながらユリアンが去っていく。ロランは一人立ち尽くして彼をにらみつけていたけれど、やがて肩を怒らせてこちらへとやってきた。
「ち、ちょっとロラン! もう、遅かったじゃない! みんなアンタを待ってたんだから――」
「うっせぇな。誰も待ってくれなんて言ってねぇんだから先に食ってりゃ良かったろ」
ユリアンから何か言われただろうことを全員が察していたけれど、シェリルが努めていつも通りロランに小言を呈する。が、彼は私たちから少し離れた席にガシャンと乱暴にトレーを置き、彼女へ悪態をついた。なお、私とシオを見て舌打ちすることも忘れない。
「と、とりあえず食べようか?」
「そ、そうだな! せっかくのご飯が冷めてしまう」
シオが促し、マリアがそれに同調してそれぞれが銘々に食事を摂り始める。
不機嫌なロランによって雰囲気はあまり良くなかったものの、ぽつりぽつりと誰かが話題を口にすることで自然とそれも解消されていく。私とシオを見た正直な第一印象だったり、アザートをシオがボコボコにした時の話だったり。あるいはこの三週間で最もきつかった訓練だったりと、話題には事欠かず、そのうち何の屈託もない談笑が広がっていった。
「いや、マジで訓練は地獄だったけどさ? こうやって訓練を乗り越えてみると自信みたいなのがみなぎってくんだよな」
「ああ、それは分かる。研修で何が起きても、訓練より厳しいことは起きないだろうと思えば、何でも乗り越えられそうだ」
「ホントそれ! 今なら私だってB-2ランクのモンスターを素手で倒せそうな気がするもん!」
「それは気のせい」
みんな楽しそうに食事は続き、皿がほぼ空になっても終わる気配がない。笑いは絶えず、とてもいい雰囲気だと思う。
「みんな信頼し合ってるのが伝わってきて、いい感じですね」
シオが耳元でささやき、私もうなずく。迷宮に潜るパーティとしては非常にいい関係になっていると思料する。過酷な訓練を共に乗り越えた連帯感がそうさせているのだろう。別に私が意図した効果では無かったけれど、ともあれ心身共に成長している姿を見れるのは嬉しい。私の頬が自然と緩んだ。
が。
「はっ! 平民どもは気楽でいいよな」
連帯感のあるムードに水を差す発言。嘲笑いながら淡々と食事を口に運ぶロランに、私を含め全員が視線を向けたのだった。
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