3-1.お二人は付き合ってますか!?





「来て頂いて早々にご迷惑をお掛けして……本当にごめんなさいねぇ」


 そう謝罪の言葉を口にして、年配の女性が私たちに頭を下げた。

 騒動の後、すぐにシオと本来の迎えだった職員の人が教室に飛び込んできた。シオ曰く、悲鳴を聞いて私絡みだと直感したらしい。どうしてそう直感したのか問いただしたくもあったけれどそれはさておき、今は高等部の部長たる女性の執務室にて改めて着任の挨拶と謝罪を受けている次第である。


「勘違いとはいえ、ノエルさんを連れて行ったのも親切心ゆえの行動だと思うの。失礼なこととは十分存じているけれど、どうか水に流して頂けないかしら?」

「い、いえ、そんな。怒るような事でも無いですし……ねぇ?」

「同意。別に私は気にしていない」

「ありがとうございます。ラビア先生もいい先生ではあるんだけど……なにぶん人の話を聞かないところがあるのでねぇ」


 それはよく分かる。高等部部長にうなずき、私たちはみんな一斉に右を向いた。

 部屋の隅では、私を中等部に連れて行った女性が禿頭の学科長に叱られていた。学部長との会話中もずっと彼の怒鳴り声がBGMとして鳴り響いていて、女性の方もシーソーのように何度も何度も頭を下げていた。

 クラリス・ラビア。それが私を連れて行った彼女の名前。私との会話でも途中で遮って喋り続けていたけれど、どうやらそれは時間に追われて焦っていたわけではなく、彼女の平常運転であるらしい。彼女は謝りながら涙目でこちらに助けを求める視線を送ってくるものの、学科長もそれに気づいてしまい、「聞いているのかねッ!?」とますます火に油を注ぐ結果になってしまっている。


「だいたいだね、前日の申し送りでもギルドから臨時講師が派遣されてくると伝えていただろう! それを失念して違う場所にお連れするどころか、事もあろうに学生と勘違いするなど失礼にも程がある! ただでさえギルドからは難色を示されているというのに……少しは反省してるのかね!? そもそも君は普段から――」

「まあまあ、学科長。もうそろそろその辺で許してあげましょう」

「学部長……しかしですなぁ」

「彼女も十分反省していますよ。それに、ギルドのお二人もそこまで気にされてないようですし、我が校の授業風景を体験して頂けたと前向きに考えましょう」

「……部長がそう仰るのであれば」


 まだ禿頭メガネの学科長は言い足りないようではあるものの、渋々といった様子で矛を収めると、最後に「くれぐれも粗相の無いように!」と釘を刺してから部屋を出ていく。完全に姿が見えなくなると、ラビア教諭はその場にへたり込んで放心していたが、学部長が呼ぶと「ひゃ、ひゃい!」と慌てて立ち上がった。


「さて……来て頂いた早々に色々ありましたが、紹介します。今まで学科長に叱られていたのがクラリス・ラビア先生。主に高等部で魔導科の指導をして頂いてます」


 促されて彼女がトボトボと近づいてくる。顔は伏せ気味だったけれど、ふと何かをつぶやいてから顔を上げた彼女と目が合った。

 そこにいたのは、最初の雰囲気とまるで違うラビア教諭だった。まだ二十代前半と思われる若い容姿だけれど、目の奥からにじみ出る雰囲気は見た目とまるで違っていて、実際はもっと年長なのではないかとも思えた。けれども彼女がぎこちなくもニコリと笑うと一気にその雰囲気は霧散して、外見相応にあっさりと戻ってしまった。


「く、クラリス・ラビアです! よ、宜しくお願いします。あの……先般は大変大変失礼致しました!」

「大丈夫。気にしていない」


 そう言うとラビア教諭は大仰な仕草で胸を撫で下ろした。彼女に悪意があったわけでもないし、私自身も自分の体のサイズは理解している。むしろ中等部の学生と思って敷地から追い出そうとしなかっただけマシかもしれない。


「実は、彼女も二週間ほど前に当学での勤務を開始したばかりでして。追って他の魔導科の先生にも紹介しますが、学院で過ごされる間は彼女が主にお二人のお世話をさせて頂きます」

「何か困ったことなどあったら、遠慮なく声を掛けてくださいね」

「少々――いえ、だいぶそそっかしいところはありますが、彼女は生徒からの人気も高く、魔道士としても教師としても優秀ですからお二人の助けになるかと思います。こう見えても」

「『こう見えても』は余計ですよ、部長!」

「あらあら、初日の授業で調子に乗って魔導訓練室の壁をふっ飛ばしたのは誰だったかしら?」


 ニコニコしながら高等部長がそう言うと、ラビア教諭は「あ、あはは……」と頭を掻いて目を逸らした。やはり普段から何かとやらかしているらしい。


「おっと、お客様を放って失礼しましたね。ラビア先生をいじめるネタには事欠きませんが、これくらいにしておきましょう。では先生、後は宜しくお願いしますね」

「承知しました。では失礼します。あ、お二人はこちらへ」


 促されて高等部長室を辞し、ホゥと大きくため息をつくと、廊下を歩きながらラビア教諭は私たちへと手を差し出した。


「改めて宜しくお願いします、ノエルさん、ベルツさん。私の事は気軽にクラリス、とお呼びください。むさいおじさんじゃなくて、お二人が来てくださって本当に安心しました!」

「あはは。でもむさい探索者は経験豊富ですからね。安心感がありますよ。

 えと、呼び方は了解です。なら僕らの方が年下ですし、クラリスさんもシオと呼んでください。短い間ですけどお世話になります」

「私も同じく。敬語も不要。これから何処へ?」

「えーっと、それじゃ遠慮なく。今からは魔導科高等部の最上級生の教室にいって、二人を紹介するつもり。メインの迷宮探索研修には、そのクラスの生徒が参加する予定だから」

「人数は何人?」

「クラス自体はえっと、確か二十人かな? 迷宮探索に参加するのはクラスから五、六人くらい。他にも、中等部から数名と兵科からも参加して二つのパーティで迷宮に潜る計画を立ててるの」

「潜る生徒は少ないんですね。てっきりクラス全員潜るのかと思ってました」

「半分以上は魔導の研究畑に進学する生徒だからね。参加するのは将来的に探索者になることを考えてる生徒や、軍や騎士団への入隊を希望している生徒なの。あ、だけど他の生徒たちにも教養として、迷宮がどんなところなのかっていうのを講義してもらう時間は設ける予定だからそのつもりでいてね?」


 なるほど、了解した。確かに研究者希望なら、わざわざ迷宮に潜る必要はない。魔導士とはいえ、ある程度は身体能力が無いと低級の迷宮でも危険であるし、学院としても能力がない人間をそんな危険なところに送り出すメリットはないから納得。


「良かったです。大勢の前で話した経験は無いですけど、それくらいなら何とかなりそうですね」

「ふふ、大丈夫よ。少なくとも迷宮の緊張感よりはウチの生徒を相手にする方が楽なはずだから。みんないい子だし」


 クラリスがそう言ったところで予鈴と共に彼女の足が止まった。見上げれば高等部と記載されたプレートが掛かっている。予鈴の余韻が消えていき、廊下にいた生徒の姿が見えなくなるのを待って、クラリスは教室のドアを開いた。

 その途端教室内が静まり返り、私たちも彼女に続いて中に入る。席に座った生徒たちから一斉に視線が注がれ、クラリスが手を叩いて私たちへの注目を遮った。


「はーい、みんな! おはようございまーす!

 本日は授業の前に、来月予定されてる迷宮探索研修の特別講師を紹介します。ルーヴェンギルドから来てくださったノエルさんと、シオ・ベルツさんです」

「私はノエル。三週間、宜しく」

「シオ・ベルツです。気軽にシオ、と呼んでください。十七歳なので、たぶん皆さんと同い年か、年下だと思います。探索者のクラスはB-1で、皆さんの力になれるよう尽力します。短い間ですが、宜しくお願いします」


 シオの挨拶が終わると歓迎の意と思われる拍手が鳴り響き、それが静まるとクラリスが再び口を開く。


「これから三週間、探索研修を受ける人たちを中心にご指導頂きますが、皆さん全員を対象とした授業も予定されています。本学院の生徒として、くれぐれも失礼が無いようにお願いします」

「過度な礼儀は不要。気軽に話しかけてくれて構わない。ちなみに私は先程、クラリスに転入生と間違えられて中等部に連れて行かれた」

「ちょ、ノエルさぁん! それは言わないでぇ~!」


 私がクラリスの失態をバラした途端、教室中から笑い声が上がった。

 迷宮内では遠慮があるとトラブル時の対応に支障が出る。だから距離感を縮めるためにクラリスを引き合いに出したのだけれど、どうやらそれは成功したらしい。


「……コホン。えー、私の大失態もノエルさんは寛容に許してくれました。歳も近いですし、皆さんも最低限の礼儀さえ守ったうえでお二人と仲を深めていってほしいと思います。

 はい、というわけで。ここからは少しの間質問タイム! 聞きたいことがあればどうぞ」

「じゃあはーい!」一番前の席に座っていた男子生徒が手を挙げた。「シオ先生は十七歳って言ってましたけど、ノエル先生は何歳なんですか?」

「十八歳。シオよりお姉さん」


 回答すると、教室のあちこちから明らかに困惑と思しきどよめきが上がった。あと、隣からも「え?」と声が聞こえた。なお学院には予め私とシオの略歴は提出済みである。


「次は俺、良いですか? 探索者のクラスって何がどれくらい凄いのか分からないんですけど、B-1ってどういう位置づけになるんですか?」

「えーっと、そうですね」シオが少し考える素振りをする。「大きくA、B、Cの三つに別れてて、Cクラスが駆け出し、Bクラスが一般から上級、Aクラスになると一流以上ってところかな? 必ずしもそうとも限らないけど」

「だいたいの探索者はC-1からB-3クラス。B-2になれればそれなりの実力者で、B-1以上になるとかなり限られる」


 私が説明を引き継ぐとB-1クラスであるシオに注目が集まり、「おーっ!」と沸いて、シオは少し恥ずかしそうに身を小さくした。


「じゃあシオ先生って相当凄いんですね!」

「いや、それほどでも……何度も危険な目に遭ってるし、自分はまだまだです」

「シオは優秀。それは間違いない。ただし、それでも死ぬ時は死ぬのが迷宮」

「ノエル先生もB-1クラスなんですか?」

「否定。ただし、私のクラス開示は許可されていないため教えられない」

「あ、探索者のクラス開示にも許可が要るんですね」


 別に私以外の探索者には許可は不要だけれど、質問をした生徒が一人で納得してくれたので私もそれ以上言及しない。特殊な例など、彼らが知る必要はない。


「はーい、次の質問で最後です。あとは休み時間などで個人的に聞いてください」

「なら、はいッ!」


 クラリスが宣言すると、明るそうな雰囲気の女子生徒が手を挙げた。

 彼女はニヤニヤしながら立ち上がると、私とシオを見比べる。その笑顔はまるでクレアやアレニアが時々浮かべるものとそっくりだった。


「質問ですッ! シオ先生とノエル先生はほぼ同い年ですけど、お二人は……付き合ってたりしますかッ!?」








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