エピソード7「カフェ・ノーラと恋の詩」

1-1.僕と――デートしてくださいっ!




「終わった」


 清掃の終了を口にして店内を見回した。

 椅子はすべてキレイに整えられて床も磨き上げられていることを確認。テーブルもカウンターも汚れ一つなくピカピカで、衛生状態は概ね良好を越えて最高の状態だと思料する。


「ん? ああ、もう終わったんか。お疲れさん」


 カウンターの奥ではキセルをくわえたクレアが武器や義体の整備をしていた。最初は私の報告に対して生返事だったものの、ふと顔を上げるとしばし絶句した。


「……キレイにしたな、ホンマ」

「他にやることがない結果」


 いつもどおりカフェ・ノーラは今日も閑古鳥が鳴いている。くわえてシオもロナも現在は不在。別にシオたちがいる時にサボっているわけではないが、私もクレアもおしゃべりではないため二人きりだと黙々と作業だけを進めてしまい、結果こうして店から不衛生な場所が消失してしまったというわけだ。


「……こんだけ長い時間ノエルと二人きりいうんも、よく考えれば久しぶりやんな」


 確かにそうかもしれない。

 店をオープンした直後からしばらくは当然私とクレアだけだったけれど、それから程なくして最初の常連客としてロナが居座るようになったし、今はシオも一緒に働いている。数時間くらいは二人共不在のタイミングはあるものの、今みたいにまる一日以上いないというのは数カ月ぶりだろうか。

 ちなみに、シオは昨日からアレニアと一緒に迷宮探索に出かけていて、今日にも帰ってくるものと推測される。一方でロナの方は――不明だ。


「前から急にポッカリと来ぃへん時期があるけど……何やっとんのやろな?」


 ほぼ店員と表現して差し支えない彼女は、毎日朝にやってきて私たちと会話しながら本を読んだり、コーヒーの研究をやったりと自由気ままに過ごしているし、たまに店に泊まっていく時だってある。しかし数ヶ月に一回、定期的にフッと店に来なくなる時期がある。数日経てば何食わない顔でやってくるので心配はしていないけれど――


「あんま客の詮索はせぇへんようにと思っとったけど、やっぱ気になるなぁ」

「同意」


 もちろん言葉を濁すようならば深くは追求しない。「人と長く付き合いたいなら、相手に踏み込みすぎないよう注意しろ」というエドヴァルドお兄さんの言葉は守っているつもりだ。もっとも、私の場合は踏み込まな過ぎだとクレアやアレニアから有り難い忠言を頂いているけれど。


「神族や言うても人間の世界で生きとる以上金も必要やろうし、なんか金策でもしとるんやないか?」

「可能性は否定できない」


 人間よりも遥かに優れた肉体を持つ神族でも飢えや渇きと無縁ではない。飲食しなければ肉体は滅びるし、睡眠も必要。雨風に打たれながら寝るのを好む特殊な生態ではないので住む場所も必要だ。

 ましてロナは度々地上でコーヒー豆を見つけては購入し、店に置いていく。人間とは倫理観は異なるけれど、それでも基本的に神族は人間の法や善悪を尊重して人間以上に守るから犯罪でお金を稼ぐということもない。したがってロナもなんらかしらの正当な手段でお金を稼いでいるはず。でもあれだけ店に入り浸っていてどこからお金が湧いているのだろうか?


「どっか太い『パパ』でもおるんやろか……って下世話な話するんは失礼やな」

「別に構いやしないけどね」

「いやいや、やっぱその手の邪推は失礼やろ」


 手を軽く振って返事をしたクレアの動きがピタリと止まった。私も違和感を覚えてゆっくりと声をした方に振り向く。

 そこにはニコニコと笑っているロナが立っていた。彼女はまた「新しい豆を見つけた」と言いながら袋を開けると、早速ミルに投入して豆を挽き始めた。


「……いつから居たんや?」

「ついさっきさ。入ろうとしたら私の話をしてるのが聞こえてきたから、驚かそうと思ってこっそりと、ね?」


 いたずらが成功したからか、嬉しそうにこちらへウインクをしてくる。正直、まったく気づかなかったし、気配も感じなかった。


「人間から見たら仕事らしい仕事はしてないからね。お金の出どころが気になるというのは理解するよ。もっとも、ここに来る客も二人を見て似た感想を抱くだろうけど」

「客がおらんのにどうやって店を維持しとるんやろな……ってやかましいわ! まあ失礼な話しとったんはウチやし、そのくらいの毒は聞き流したるわ。んで、その豆を買う金の出どころはなんなん?」

「人間界で生きるには金が必要というのは理解してたからね。最初に魔晶石の塊を売り払って、そのお金を少しずつ切り崩して生活してるのさ」

「豪快な話やな……一応確認やけどその魔晶石、ロナが作り出したわけやなくて見つけたんよな?」

「さあ、どうだったかな?」


 なんとも含みのある笑顔をロナが浮かべた。神族が何をどこまでできるのかは未だ不明な部分が多いけれど、彼女の場合高品質の魔晶石を一つや二つ、簡単に生み出したとしてもありそうな話で驚きはない。


「んなら二、三ヶ月に一回、急に店に来ぃへんようなるんは、同じように魔晶石を売っ払いに行っとるんかいな?」

「いや。それは別件だね。神族の集まりに参加してるんだよ。言ってなかったっけ?」


 覚えが無いのでクレアの顔を見上げると、彼女も首を横に振った。どうやら私の記憶力のせいではないらしい。ロナは入れたコーヒーを私たちに差し出し、自分も飲みながら話し始めた。


「人間界で暮らす神族はそう多くないからね。人間のように明確なコミュニティに属することもないし、かといって同胞意識がまったく無いわけでもない。だから年に数回、神族で集まって近況と無事を報告し合ってるのさ」

「はーん、神族でもそないな会を開くんや。お互い不干渉な人種やと思っとったけど」

「それは完全に肯定するよ。私たちは興味のある対象にしか関わらないからね。ただ私たちだって病気や怪我はするし、犯罪に巻き込まれることだって無いわけじゃない。だから顔を合わせて互いの無事を確認し合うのさ。と言っても、かしこまった会合じゃなくて単に茶飲み話、酒飲み話をするだけだけどね」


 なるほど。神族にそういう会合があるとは知らなかったけれど、重要だと思う。私のように精霊と融合させられた例も存在するし、エスト・ファジールも私のような人間を作ろうとしているフシがある。なので彼らの無事を確認し合うのはそういった危険性を減らすうえでも有意義なことだと思料する。

 そんな話をしていると、今度こそ誰かの気配を扉の向こうで感じた。聞こえてくる歩調や会話の声から、姿を見ずとも誰か分かる。


「ただいま戻りました」

「おぃーす、お疲れ様」


 入ってきたのは予想どおりシオとアレニアだった。見た限り二人とも怪我もなくて元気そうで、アレニアに至っては私とロナに挨拶をするとその脚でクレアのところに向かい、カウンター越しに軽くキスを交わした。


「もうすっかりはばかる事も無くなったねぇ」

「別に隠してたわけやないけどな」

「一度オープンにしちゃうとね。こっちも遠慮する気が無くなっちゃったって感じかしら?」


 ロナの言うとおり先日の事件以来、アレニアが来店する度にこうして二人はキスを交わすようになった。尋ねたところによると単なる挨拶程度のつもりらしいし、実際、南の方の温暖な地域ではそういった挨拶も普通に行われていると聞く。

 二人とも立派な成人であるし、風紀を乱すほどでもないので私は気にならないのだけれど、シオはどうやら未だ慣れないようで少し顔を赤くして顔を逸らしていた。ただし、横目ではキッチリと二人の姿を捉え続けているのは見逃していない。

 さて。

 いつもならアレニア来店時の流れはこれで終了ではあるのだけれど、今日に限ってはシオが私の方を見てなにやらムズムズと落ち着かない様子だ。今日のカチューシャは久しぶりに猫耳なので、クレアやロナと一緒に信奉している宗教の最高神とみなされているのかもしれない。


「いや、そういうわけじゃないんですけど……も、もちろんとんでもなく素晴らしい状態なのは間違いないんですよっ! 猫耳のおかげでいつも以上にノエルさんが輝いて見えてまぶしくて直視も難しいくらいなんですが――」

「ちょっと、シオ。いまさらそんなどうでもいい礼賛文句よりも伝えるべきことがあるでしょうが」


 隣にやってきたアレニアが「シャキッとしなさいよ、もう!」と、店内に響き渡るくらいの音を立てて背中を叩いた。

 勢いでシオがよろめいて、そのまま私の目の前に立つ形になる。けれどじっと私と見つめ合うばかりで、新しいリアクションは出てこない。


「なに?」

「え、えっとぉ……」


 とりあえず促してみるがシオは口ごもって頬を赤らめるばかりだ。どうやら心の準備が必要な案件らしいので、彼を見つめたまま待機する。なお、クレアやロナは傍観者モードに移行したようでニタニタして私たちを眺めていた。


「なんやー? まだ始まらんのかいなー?」

「ほーら! さっさと腹くくりなさいよ!」

「わ、分かってるよ!」


 何をするのか私にはさっぱりだけれどクレアに野次を飛ばされ、アレニアに発破を掛けられてシオもようやく覚悟を決めたらしい。

 額からはおびただしい発汗を確認し、手は何度も開閉を繰り返してるうえに彼の心臓は最早壊れてるんじゃないかと勘違いしそうなくらいにバクバクと鳴っている。Aランクモンスターを相手にしてもここまで緊張することはないと思うのだけれど、シオは何を私に宣告しようと言うのだろうか。お給料をもっと上げてほしいとかだろうか。だとしたら正直それは厳しい。もっとも、シオもお金には困っていないはずなのでその可能性は低い気はするけれど。

 果たして、破裂しそうな勢いの鼓動に乗って出てきた彼の言葉は。


「の、ノエルさんっ! お、お、恐れ多いお願いでき、恐縮なんですがっ!」

「構わない」

「ぼっ……僕と――デートしてくださいっ!!」






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