6-2.元気に戻ってくるのを待っている
「……気を遣ってくれたんですかね?」
「何のために?」
「え? ええっと、その……ほ、ほら! 自分がいるとノエルさんと僕が会話しづらいと思ったんじゃないですか!?」
「私は気にしない」
しかしフランコはすでに出ていってしまったわけであり、理由はよく分からないけれど彼が気を遣って私とシオの二人きりにしてくれたのであればそちらも遠慮なく受け取ることにする。と言っても、彼がいる・いないによらずやることは変わらないのだけれど。
「お見舞いの品物を持ってきた」
そう言って私は空っぽだった花瓶に買ってきた花を活け、スカートの中からナイフを取り出して購入したリンゴを手頃なサイズに斬っていく。そしてカットしたそれをフォークに刺してシオの口元へ持っていくと、どうしてかシオが顔を赤くして慌て始めた。
「だ、大丈夫ですって! 自分で食べられますからっ!」
「ダメ。シオはケガ人。ケガ人の負担にならないよう果物は食べさせてあげるもの。アレニアとクレアが口を揃えてそう言っていた」
そう告げると「あの二人ぃ……」と何故かシオが恨みがましそうに漏らしたけれど、ふぅと諦めたようなため息をついて「いただきます」とリンゴに噛みついた。
「お、美味しいです。ありがとうございます……」
「そう。なら良かった。もっと食べたい時は教えて」
フォークを皿に置き、ジッとシオの顔を見つめる。私の視線が気になるのか、目をキョロキョロと動かしながらもモグモグと口を動かしている。私は目を一度閉じ小さく息を吸うと、そんな彼に向かって伝えたいことを口にした。
「ごめんなさい」
「え? ど、どうしたんですか、急に!?」
「シオを危険な目に遭わせた。これは雇用主である私の責任。心より謝罪する」
「……止めてください。あれは……ノエルさんは止めてたのに、調子に乗って僕が勝手に独りで行ってしまったから直面してしまったわけで」
「だとしても、私がシオの気持ちを適切に受け止め、考慮していなかったことが要因の一つであることに変わりない」
「ノエルさん……」
「シオの意見に聞く耳を持たず、私の意見を押し付けるばかりだった結果生じた事態。耳を傾けていれば適切な代案を協議して今回の事態を避けられた可能性が大。だから、ごめんなさい」
シオはクレアと同じく、私にとって最優先で守るべき人間であると自覚できた。シオのいないカフェ・ノーラは考えられない。いなくなった事を考えると、今でも胸に空白ができたような気分になる。
「誤解しないでほしい。私は、シオを信頼していないのではない」
守るというのは、ただ一方的に庇護するという意味ではないと理解した。しかしながら、危険に対して過剰になり過ぎていたのは否定できない。
押し付けや束縛は逆に相手を傷つけ、殺してしまうことにも繋がりかねない。今回はシオが暴走して物理的な危険に追いやってしまったのだけれど、それだけでなく人の「心」を危険に追いやることもあるのだと、クレアとロナが教授してくれた。
「私は、シオを失いたくない。心も、体も傷つけたくない。けれど、私は人の心の機微を理解するのが苦手。だから私が適切に理解できていないと思料する時は遠慮なく指摘してほしい」
シオは私の言葉を黙って聞いてくれていた。やがて少し目を伏せ、口を真一文字に結び、それから大きく息を吐いてからまた私へと向き直ると、
「僕の方こそ、ごめんなさい」
そう言って大きく頭を下げた。
「ノエルさんの忠告に耳を貸さずに、独りでも仕事できるつもりになって、たくさん心配掛けてしまいました。おまけにこうして入院までして仕事を休んでしまって、たくさん迷惑を掛けてしまいました。
ノエルさんが心配して忠告してくれてるって分かってたはずなのに……一人前って認められたいだなんて駄々をこねてバカな事をしてしまいました。ごめんなさい。それと――助けてくれてありがとうございました」
「謝罪および感謝、シオの分も確かに受け取った」
「良かったです……それで、あの」
「なに?」
「ええっと……また迷惑掛けてしまうかもしれないですけど、これからもカフェ・ノーラで一緒に働いて……大丈夫ですか?」
どこか遠慮がちにシオが問うてくる。そして、その問いに対する答えは一つしかない。
「肯定。元気に戻ってくるのを待っている」
カフェ・ノーラにシオが戻ってくるのを想像する。すると自然と楽しそうな日々も戻ってくるような気がして、どうしてか今でも少し胸が躍る。この感情は何だろうか、と思考した時、一つの単語が思い浮かんだ。
「友情……」
「え?」
「シオが店にいると何故か楽しい。この気持ちを友情というのかと思料した」
そう言うと、シオが不思議な表情をした。喜んでいるような、泣きそうになっているような。ただ、すぐに頭をかいて笑顔になった。
シオのその困ったような笑みを見ていると、それだけで少し胸の奥が明るくなったような心地を覚えて。
きっと、私は微笑んでいた。
「っ……!」
「どうしたの?」
「いえ……何でも無いです……!」
シオが急に顔を押さえて私から目を逸らした。そんなにおかしな顔だったのだろうか。自分が笑った顔を見たことがないので良く分からない。
窓の外を見る。空は快晴だ。なんとなく窓を開けてみると、そっと風が吹き込んできた。
カーテンと私の髪が静かに揺れる。風に包まれて、柔らかい太陽の光が私とシオを優しく照らしていたのだった。
エピソード5「カフェ・ノーラと危険な救助」完
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お読み頂きありがとうございます<(_ _)>
これにてエピソード5は完結になります。
まだ次のエピソード6を書き終えきれてないのでしばらくお休みさせて頂きます。誠にスマンこってす。
なんとか年内に連載再開にこぎつけたいところ。申し訳ありませんが、今しばらくのんびりとお待ち頂ければ嬉しい限りです。
なお、もしお気に召されましたら、ぜひぜひフォローや☆評価など頂けますとありがたいです<(_ _)><(_ _)>
それでは(・ω・)ノシ
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