2-1.私は記憶力が悪い
シオとちょっとした言い争いになってから一週間が経過した。
最初の数日はシオも気まずかったようで、私と交わす会話もいつもより少なかった。けれど一昨日辺りからは彼の中のわだかまりも解けたらしく、いつもどおり会話を交わすようになった。
「ま、ゆーても元々そないに会話せぇへんやろ、自分」
「否定はしない」
私は用が無ければ口を開かないので、おそらくはどれだけ饒舌に喋っても世間一般の半分も言葉を発しないレベルと推測する。が、シオが居心地の悪さを感じていないのならば問題ない。
さて。
今、私はキッチンにいる。何をするかと言えば当然、料理の練習兼開発である。目の前に広げられた、私やシオが迷宮から持ち帰った様々な食材。それをにらみながら私は包丁を握りしめた。
息を整え、一度目をつむる。神経を集中。そして。
「ふっ……!」
全力で包丁を上下させていく。シュタタタタタタタタタタッ! とまな板の上で野菜が刻まれ、肉が一人前ずつ切り取られていく。
モンスターの肉は基本的に固く、筋が多い。なので手早くかつ適切に筋を切断し、口の中で解けるよう隠し包丁を入れていく。
並行して沸かしていたお湯にさっとくぐらせ臭みを取り、終わるとフライパンでソース作成を開始。食材を次々に調理していく。
「ノエルさーん? どこに……あ、キッチンにいたんですね。何の音かと思ってたんですけど、料理の練習ですか?」
「肯定」
キッチンの物音に気を引かれたらしいシオが顔を覗かせた。その間も私の手は止まらない。調理しながらも頭の中では工程が目まぐるしく動いている。
「えと……何かお手伝いする事ありますか?」
「感謝する。なら使い終わった皿の洗浄と、後ろの棚から新しい平皿を四枚出してほしい。白い皿を所望する」
依頼すると快諾の返事が聞こえ、シオがエプロンを腰に巻きながら棚に向かう。
「えーっと、白い平皿白い平皿……って、へぇ、棚に全部ラベル貼ってあるんですね」
棚に手を伸ばしたシオが感嘆のこもった声を上げた。
彼の言うとおり、棚には皿の他にもボールやザル、食材用バットなどの置き場全部にラベルを貼り付けてある。また、食器用の棚だけでなく包丁を収納する場所や調味料までキッチンのありとあらゆる場所にもすぐに収納場所が分かるよう貼り付けている。
「分かりやすくていいですね」
「すぐ忘れてしまうから。私は記憶力が悪い。だから必要に迫られてクレアが提案してくれた」
「またまた~。記憶力悪くないじゃないですか」
シオは冗談と思ったようだけど、私は本当に記憶力が悪い。戦場で生き抜くための知識、魔導などは未だにすべてハッキリと覚えている反面、日常で興味のない物や戦闘に使わない道具、人などはすぐに忘れてしまう上になかなか覚えられない。覚えようとしても、私の記憶容量はいっぱいだと言わんばかりにあっという間に抜け落ちてしまうのだ。
そんな機能不全を抱えていることに思うところがないわけではないけれど、クレアも言ってくれたようにこれも個性だと思うことにしている。
「……できた」
野菜と一緒に炒めていたフライパンからシオの取ってくれた皿に肉を移す。同時に鍋からも蒸した食材を取り出して、湯気が上がるそれに特製のソースを掛け、さらに別の鍋で作っていたスープを深皿に注げば完成である。
「……美味しそうですね」
言葉とは裏腹に、後ろから覗き込んだシオがなんとも言えない表情を浮かべていた。見た目も香りも申し分ないのに、何故か味だけが変になる私の料理。それを知っているからこその顔だが、果たして今回はどうだろうか。ちょうど人がいるので意見を聞きたい。
「味見を所望する」
「え゛っ?」
「私の味覚だと美味に感じてしまう。だから一般的な感想を聞きたい」
私の要求にシオは固まった。しかしシオの協力は不可欠。私が一般人にも美味しいと評される料理を作る第一歩として犠牲になってほしい。
「今、ノエルさんも『犠牲』って言いましたね?」
「シオの聞き間違い。今回はいつもと味付けを変えた。だから大丈夫……たぶん」
「最後に小声で付け足さないでくださいっ! すっごい不安になるんですけどぉ!?」
「つべこべ言わない。これはオーナー命令」
それぞれ一口分ずつ取り分けて乗せた皿をずい、とシオの顔に近づける。それでもシオはためらっていたけど、私の真剣な顔を見下ろすとオズオズと皿を受け取ってくれた。
それでもチラチラと私の方を見てくるので、うなずいて促す。震える手でフォークを手に取り皿に乗った肉を突き刺すと、彼は意を決したように「えぇいっ!」と声を上げて口の中に放り込んだ。
その瞬間、シオの顔色が変わった。具体的には青に。もしくは紫と形容するのが適切かも。どうやら今回もダメだったらしい。
「……すみません、人類にはまだ早すぎたみたいです」
残念。だけど今回はシオも気を失わなかった。ならば成長はしているはず。ハードルがずいぶんと低い気がしないでもないけれど、そんな感想は棚の上に仕舞っておく。
とりあえずもったいないので残った料理は私が食べよう。肉を切り分け、ソースを絡めて口に運ぶ。うん、やっぱり美味しく感じる。ちょっと味が薄い気がするけれど。
「あ、お客さんかな?」
店の方で来客を告げるベルが鳴り響いた。音を聞いたシオがホールへと出ていき、私も口元を拭いてキッチンから顔を出すと、そこにいたのはモンスター――ではなく、正真正銘のお客様だった。
大柄でスキンヘッドのマイヤーさん、無精髭を伸ばした剣士のジルさん、黒い髪が特徴で魔導服を来たエルプさん。結構前に、モンスターに追われてここに逃げ込んできた探索者たちで、それ以来週に一回くらいのペースで来店してくれる、この店の数少ない常連だ。なお、名前は最近ようやく覚えられた。
「いらっしゃいませ、カフェ・ノーラへようこそ」
「やあ、ノエルちゃんにシオ。今日も世話になるよ」
「いらっしゃい。三人とも、いつものでええか?」
「ああ、俺とジルはビールとつまみで。エルプはコーヒーにサンドイッチを頼む。で、いいよな?」
「おうよ。探索終わりのここの一杯がたまんねぇんだよなぁ」
「あ、せや。今日はちょうどロナがおらんねん。せやからコーヒーの味がいつもより落ちるかもしれんけど堪忍や。その分ちょっと勉強させてもらうさかいに」
「問題ないし」
いつもどおりカウンター席に三人が座る。クレアがサンドイッチを準備しにキッチンへ向かい、シオはビールとつまみのナッツを、私はコーヒーを淹れていく。さすがにコーヒーは変な味にはならない。ロナには及ばないものの、それなりの品質を提供できるよう指導を受けているので彼女無しでも問題ない。
「おう、あんがとさん」
コーヒーをまずエルプさんの前に置き、クレアとシオから矢継ぎ早に渡される注文の品を順次提供していく。
と、珍しくちょっと忙しない時間を過ごしているところで、今度は店の電話が鳴った。
「なんや今日は忙しいなぁ。はーい、こちらカフェ・ノーラ……ああ、どーも。ウチ? 相変わらず閑古鳥鳴いとるわ。まぁ今は客が来とるけどな。あ? 珍しい言うなや」
手の空いたクレアが苦笑しながら電話を取り話し始める。が、少々会話を交わしたところで私を呼んだ。
「ランドルフや。またノエルに依頼みたいやで」
この間は臨時職員の仕事だったけれど、今度も同じだろうか。それとも行方不明者の捜索か。できれば捜索で無い方が良いのだけれど。
そう思いながら、私はクレアから受話器を受け取ったのだった。
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