1-3.またのお越しを




「おい、この鑑定額はどういうことだ!?」

「質問が不明確。分かりやすくお願いします」

「安すぎるって言ってんだよ! 分かれよ、クソがっ!」


 理解しろと言われても理解できないのだからしかたない。

 Aクラスパーティじゃなくてもこういった雑な処理をすると鑑定額が大きく下がることは知ってしかるべきだと思うのだけれど、改めて説明することにする。

 一つ一つ素材を見せながらどういう部分で値が下がったか、どうすればもっと高く売れるのか、まるでCクラス探索者にするように丁寧に教えていく。その度にフィリップが「ぐっ……!」だの「な……?」だのうめき声をあげるのだけれど、本当に知らなかったのだろうか。

 ちらりと一緒に潜ったであろう他の探索者の様子を窺うと、彼らはフィリップに気づかれないよう顔を見合わせて肩を竦めていたが怒っている様子はなく、提示した金額が妥当と理解している模様。なるほど、状況は私も理解した。

 対照的にフィリップは、これだけ懇切丁寧に説明しても納得しない様子である。面倒くさい。これなら誰も彼を担当したくなくなるはずである。


「つまりテメェ! 俺の剥ぎ方が下手だって言いてぇのか!」

「端的に言えばそう」


 彼もようやく理解してくれたようなので肯定してあげたのだけれど、彼は顔を真赤にしていった。何故だろうか。


「俺はAクラス探索者なんだぞ!」

「だから?」


 Aクラスだろうがなんだろうが、素材の鑑定には関係ないはずなんだけれど。どういう論理でその言葉が出てきたのか理解が難しい。

 けれどもどうやら彼の理屈が理に適わないものなのは確からしく、周囲からクスクスと笑い声が聞こえてきた。

 もっとも、その笑い声が彼の怒りにますます油を注いだのは間違いないようで。


「このクソガキがぁっ! 黙って金額上げりゃいいんだよっ!!」

「フィリップさん!?」


 拳をカウンターに叩きつけると、フィリップが身を乗り出して私に殴りかかってきた。ユハナを始めとした職員たちから悲鳴が上がり、殴り飛ばされる私の姿を想像したに違いない。

 が。


「っ……!?」


 私の義手がフィリップの拳を受け止める。先程押された時から分かっていたけれど、大柄な見た目ほど力はない。彼が手加減した可能性は除外できないけれど、これでAクラスということはよほど特殊なスキルを保有しているのだろうか。

 ともあれ。


「ギルドによる探索者規則第二条第三項に違反したとみなします」


 探索者は何人なんびとたりとも、職員に対し暴行、脅迫等により職務を妨害してはならない。

 Aクラスだろうがギルドの規則違反が見逃される道理はない。本来ならば資格停止処分ものではあるけれど、別に私は暴行被害を受けたわけではないのでそこまでの処分をする必要はないと思料する。

 その代わり。


「ぐ……がっ……、このぉ……!」

「どうぞ、お受け取りください」


 フィリップの手首をつかんで無理やり捻り、少し・・強く握ると手のひらが開いていく。そこに散らばっていた報酬金を乗せ、指を一本一本折って握らせていく。

 そして最後に。


「またのお越しを」

「のわあああぁぁぁぁぁっっっっ!?」


 体ごと持ち上げて、私はギルドの玄関目掛けてフィリップを放り投げた。窓口から真っすぐに入口ドアに飛んでいき、そのまま突き破って外へと転がっていくとようやく静かになった。

 これでよし。まったく、うるさい人は嫌いだ。話の通じない迷惑なお客様にはご退場頂くのが一番手っ取り早い。「まずは対話を。ただし、言葉の通じない動物には肉体言語で応じろ」。エドヴァルドお兄さんも昔そんな事を言っていた……気がするし。


「ふぃ、フィリップさんっ!」

「だ、大丈夫ですか!? フィリップさん!!」


 彼のパーティメンバーたちが慌てて外へと消えていき、さらにその後ろで控えていた派手な格好をした女性二人も急いで追いかけていく。

 さて。壊れたテーブルだったり、怪我をした探索者の人がいたりはするけれど、これでまたギルドも平常運転のはず。

 椅子に再び座って、次の順番待ちの人を呼ぼうとする。

 が、それより先に隣のユハナが私の両手を握った。何か用かと顔を彼女に向けると――目をキラキラさせていた。


「す――」

「す?」

「すごーいっ!! すごい、すごいよ、ノエルさんっ!!」

「嬢ちゃん、アンタすげぇな!!」

「見たかよ! アイツらの顔!」

「ああ! よくやってくれた! スカッとしたぜっ!!」


 彼女が突然声を上げたかと思うと、ギルド中から一斉に歓声が上がった。口々に私を褒めそやし、肩を叩いたり手を握ったりと忙しい。


「私は職員としての職務を果たしただけ」

「だとしてもだ! ずーっとあのクソ野郎に好き勝手させてたからな! いい気味だ!」


 どうやらみんなかなりフラストレーションが溜まっていた模様。別に私としても意図していたわけではなかったのだけれど。

 でも、私のしたことで彼らが助かったのであれば本望だ。

 胸の奥でウズウズとした少し面映ゆいものを感じながら、私はその後も引き続き職務を全うしたのだった。




 けれど、翌日。


「あー、今日から君、来なくていいから」


 エナフのギルド長から直々に、私はクビを宣告されたのだった。




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