3-2.私は被害を受けていない

「軍人って……ノエルさんがですか? え? だって戦争してた時、ノエルさんは何歳……?」


 軍人にとして活動を始めたのが十歳。そこから戦争終結までの二年間、軍人だった。


「そんな……おかしくないですか? 軍に徴兵されるのって確か十五歳以上じゃなかったですっけ?」

「私は特殊だから」


 滅亡が目前に迫っていたヴォルイーニ帝国が作り出した人間兵器。圧倒的物量差を覆すために精霊と融合のうえ肉体を義体化させた、量よりも質を追求した兵士として生み出されたのが私だ。

 もっとも、量産化に失敗して結局帝国は滅亡してしまったのだけれども。


「そんなことが……」

「なので正式には私は存在しないことになっている。が、当時の私は確かに軍人だった。私に軍を代表する権限はないが、こうして会った以上は心より謝罪申し上げる」

「よしてくださいよ……」シオが頭を横に振った。「その話が本当なら……ノエルさんだって戦争の被害者じゃないですか」

「別に私は何も被害を受けていない」


 生きているし、財産を失ったわけじゃない。多少の傷くらいは負ったけれど、軍人として戦闘行為に参加した以上それは当然のこと。被害者という立場には当たらない。

 私としては至極当たり前のことを述べたつもりだったのだけれど、シオは何故か眉尻を下げて口をモゴモゴとさせた。でも何も言わず、代わりとばかりに湿った息を大きく吐いた。

 言いたいことがあるなら遠慮は要らない。


「……いえ、良いんです。僕だってうまく説明できませんから」

「そう」

「ところで、僕からも質問いいですか?」

「構わない」

「どうしてカフェの仕事の他にこんな仕事を請けてるんですか?」


 こんな仕事、とは死体回収のこと?


「そうです。ノエルさんSクラスなんですし、お金のためなら普通に探索者として活動すれば十分稼げますよね?」


 別に私から望んで死体回収を請け負っているわけではない。単に、迷宮内にカフェを建てる話をする時にランドルフから条件として提示されたから承諾しただけ。

 とはいえ、ランドルフの話は所詮きっかけに過ぎない。断ることもできる依頼を今も請け続けているのは、エドヴァルドお兄さんが「誰かのためになる仕事を、戦争が終わったらしてみたい」と言っていたから。


「死体となった探索者にも家族がいる。彼ら彼女らはたとえ遺体となったとしても肉体が戻ってくることを強く望んでいると知っている」


 戦争でもそうだった。前線で回収された死体を何度か遺族の元に届けたことがあったが、彼らは悲しみながらも自分たちの元へ死体が戻ってきたことを喜んでいた。


「戦争で私はたくさんの人を殺した。だから今度は、誰かを喜ばせることをしたかった。それがこの仕事を請ける理由の一つ」

「理由の一つ、ということは他にも理由があるってことですか?」

「肯定する。人が生きた最期。私はそれに興味があり、見届けたいと思っている」


 そう思う明確な理由は私にも分からない。ただおそらくは、この感情は私が人でないことに起因しているものと推量する。

 人であることを失った私。人として死ぬことはない。なので人がどういった最期を迎えるのか、代償行為として他者の死の現場を見届けたいのではないかと考えている。


「加えて、私は死体の回収人として適任であると自負している」


 死体を忌避することもないし、感情的になることもない。人であれば死体に対して何らかの精神的負荷がかかるのが一般的であるが、人ではなくなった私はそうしたストレスとは無縁だ。したがって私以上の適任はいないのではないだろうか。

 少し胸を張ってそう伝えると、シオが何故か私に背を向けた。何か気に障っただろうか?


「……いえ、大丈夫です。すみません。ちょっとくしゃみが出そうになっちゃいまして」


 気を悪くしたわけでないなら良かった。どういったことで人を不快にさせるか、いまいちよく分からない。なので不愉快になった時は遠慮なく伝えて欲しい。次に活かしたい。


「あはは、分かりました。もしそうなった時はキチンと伝えますね」シオは笑うと、荷物背負って立ち上がった。「そろそろ行きましょう。結構休んじゃいましたし」

「コンディションに問題はない?」

「はい、おかげさまでもう大丈夫です」


 シオが問題ないのであれば承知した。先を急ごう。

 再び私が前に立ち、目的の階層目指して歩き出す。広い部屋から再び枝分かれした通路に入っていき、その時背後でポツリと声が聞こえた。


「……ノエルさんは兵器なんかじゃない。立派な人間ですよ」


 その声は小さく、私の聴力が人間より遥かに優れていたために拾えたレベルだった。おそらくは独り言であり私に向けた言葉ではない。なので、私は特に反応はしなかった。

 それでも。彼がそう言ってくれたことは喜ばしく、私という存在がまた一歩人間に近づけた、その確証が得られたように思えたのだった。



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