2-3.付いてくる?
私の料理によって魂が深淵へとジャンプしてしまったシオだったけれど、どうやら紐なしバンジーでは無かったらしく、アレニアからクレア作のパフェを何口か突っ込まれたところでこちらの世界へと戻ってきた。
「というわけで」
回復して意識を取り戻したシオが改まって私の方を向いた。クレアのスイーツがもはや私の料理に対する回復薬と化していることに世界の理不尽を感じないでもないが、それはそれとして。
「B-3ランクのライセンスを取りましたので、このお店に来る分には何の支障もありません。改めてお願いします――僕を雇ってください」
「……」
「この三週間、通い詰めて思いました。やっぱりこのお店で働きたいんです。お店の雰囲気も好きですし、常に迷宮内にいることで探索者としても成長できると思うんです。短時間でも構いません。なんとか……お願いします」
私の目を見て、懸命に言葉を紡いでくるシオ。正直に言えば、これだけ頼まれても私の返事は「ノー」だ。雇ったところでカフェの仕事が無いことに変わりはない。
けれどもここまでの頑張りに、なんとか報いてあげることも必要だと思料する。お兄さんも言っていた。「努力は報われなくちゃなんねぇ。何の形であっても、だ。」と。きっとお兄さんがこの店の経営者なら、仕事のことなど気にせず迷わず雇ったと想像する。それが経営上適切かは別として。
「どないする? ウチは別に構へんで?」
しかし、だからといって誰もいない店内で時間を無為に浪費させることには気が引ける。
と、なると。
彼には伝えていないけれど、ウチで請け負っているカフェの店員以外の仕事についても従事してもらうことになる。
だけどそれは身を危険にさらすことになるし、きっと精神的にも「来る」仕事だ。果たしてそんな精神的な負荷と危険を彼に与えても良いものなのだろうか。
私が思考に沈んでいると、不意に店内にけたたましいベルがジリリリと鳴り響いた。
「はい、カフェ・ノーラ――ああ、ランドルフはん。どうもこんにちは。ウチ? そらもうおかげさんで。店は相変わらずですけどまあなんとかやっとりますわ」
壁に引っかかっているレトロ趣味の電話。その受話器をクレアが取ると挨拶もそこそこに崩した口調で世間話を始めた。どうやら相手はギルド長のランドルフらしい。何気なくシオたちに視線を向ければ、ギルド長直々の電話に二人とも目をしばたたかせていた。
「ノエルでっか? ええ、おりまっせ」
手招きで呼ばれて受話器を渡される。
もしもし、ノエルです。
『おう、ノエル。調子はどうだ?』
良くも悪くもありません。いつも通りです。私も店も。
『はっはっは! 相変わらず閑古鳥か! 時間がありゃ俺が冷やかしに行ってやりてぇところだが、あいにくと迷宮の中まで遊びに行く時間も無くてな』
冷やかしと言わず客として来て欲しい。私の手料理で歓迎する。それよりも用件を。人を待たせてる。
『テメェの料理で歓迎か。おっかねぇな。しかし珍しい、客が入ってんのか』
「珍しい、は余計。世間話だけなら切る」
『まあ待て。仕事の話だ』
仕事、と聞いて私はクレアに目配せした。すると彼女も了解と目で伝えてくる。
ランドルフからの仕事は珍しくない。というよりも、この迷宮内でこうしてカフェを開けているのも彼からの――というよりもギルドからの依頼を受けることが条件でもある。
もちろん強制ではなく何かしら理由があれば断ることもできるが、彼との関係は可能な限り良好に保つべき、というのがクレアとの共通認識だ。なので今回も受けることにする。
「承知した。ギルドの人員サポート? それとも『回収』?」
『回収の方だ。残念なことだがな』
私とランドルフが口にした、「回収」の仕事。それはすなわち、迷宮内で発生した探索者の死亡推定事案における死体の回収のことを意味している。そしてこれこそが、このカフェで請け負っている仕事の一つだ。
詳しい話を聞けば、中層の下位、概ね二十五階層付近での目撃を最後に行方不明になった探索者パーティがいるらしい。目撃情報が数日前であることと、迷宮外での目撃情報が無いことから未だ迷宮内に留まっているものと推定され、そしておそらくは――全滅が濃厚であるとのことだった。
「生存の可能性は?」
『未確認だからゼロじゃあない、ってところだな。だからノエルには生死を問わず確認と、死体であれば回収を依頼したい。探索者の情報はネットワークを通じてすぐに送る』
「委細承知した。準備ができ次第、すぐに出発する」
受話器を壁に掛け、それから程なく隣に置いてある通信端末のモニターに捜索対象者の情報が表示された。その情報を紙にプリントアウトし、折りたたんでスカートのポケットに入れてからシオたちの方へ向き直った。
「申し訳ないけれど、急ぎの仕事が入った」
「あのギルド長の名前が聞こえてきましたけど……ギルド長から直々の依頼なんて、いったいどんな……?」
「今回なら死体回収やな。迷宮内で行方不明になった連中を探して、死体を遺族に返還するんや。とはいっても、基本的にギルド長お抱えの何でも屋みたいなもんや。ギルドの人手が足りへん時に受付嬢やったりもするしな」
不定期な依頼ではあるけれどそれなりの頻度で話が来る。死体回収や救助要請だと基本的に危険度が高いから依頼料も結構な額になることが多くて、この依頼のおかげでカフェが赤字でも維持できてるとも言える。
「したがって先程の話はまた――」
後日にしたい。シオのバイトの話を一旦棚上げしようと思ったのだけれど、彼は仕事の説明をしても意志のこもった目で私の方を見つめてくる。
シオが何を求めているか分かる。が、彼を危険な目に遭わせることに未だ結論を出せていない。最善が不明な状況での決断は、まだ苦手だ。判断に迷い、ついクレアの方を見てしまうと、彼女はキセルを取り出して吹かし始めた。
「さっきも言うたけど、別にええんちゃう? 実力もだいぶついとるみたいやし、いざとなったらノエルが守ってあげたらええやん」
「……」
「ノエルの危惧も分かるけどな。でもシオも一人前の探索者や。あんまり過保護なんも感心せぇへんで。まぁ、あんだけ他人に無関心やったアンタが人様の心配できるくらいになったっちゅうのは、友人として嬉しい限りやけど」
過保護、なのだろうか。もはや軍人ではないけれど、市民を守り、仲間を守るのは義務だと教えられてきた。なのでシオもその守護対象ではあるはずだけれど、違いがよく分からない。
「シオも危険な仕事やっちゅうのは理解しとるやろし、いっぺん一緒に連れてって体験させたったらどないや? その上でやりたいっちゅうんならノエルは諦める。辞めるんならそれはそれでシオも納得するやろ」
クレアの主張を聞いて、もう一度シオを見ると何がなんでも付いていくと言わんばかりだった。そういえばこの間、アレニアが言っていた。彼は頑固だと。
ここで拒絶しても無理やり付いてくる。その未来は想像に難くない。それならば――
「……付いてくる?」
私の管理下で経験させ、判断する。それが現状におけるベター。
そう結論付けてシオに同行を尋ねると。
「っ……はいっ!! ぜひお願いしますっ!!」
彼は嬉しそうに立ち上がって、元気の良い返事が店内に響き渡ったのだった。
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