第二章 疑問を感じる頃
学園生活(1)初めての仲間
「うう・・・ 身体が重い・・・」
クレア星唯一の宇宙ステーションに到着後、プレデス星と同様に宇宙ステーションからはエレベーターで地上へと降りるのだが、宇宙ステーションのゲートを潜った途端に襲い来る重力の強さに、つい声を漏らしてしまった。
エレベーターに乗ってからも重力の強さは同じで、周囲を見回せば、他の皆も同じように重力に戸惑っているように見えた。
先ほどエレベーター内でのインフォメーション放送があったが、クレア星の重力はプレデス星の2.4倍もあるらしい。
逆に言えば、プレデス星の重力はクレア星の4割程度しかない訳で、クレア星の住人がプレデス星に移住なんてしたら、そいつはきっとスーパーマンみたいな存在になれる事だろう。
重力のせいか、まるで高熱で寝込んでいる時のように重く感じる頭を、何とかエレベーターの窓の方に向けて外の景色を見ようと視線を向けた。
窓の外は、暗闇だった。しかしよく目を凝らして見ると、真下には広大な大陸があり、あちこちに都市の明かりが見えている。
エレベーターの壁に設置された時計を見ると、なるほど、今は夜の10時半過ぎの様だ。
エレベーターの真下はひときわ大きな都市の様で、煌々と輝く街の明かりが見えている。おそらく学園もあの都市にあるのだろう。
他の地域は、明かりの規模から察するに、それほど大きな都市ではなさそうで、エレベーターが到着する地域がこの星最大の都市なのかも知れない。
そうしているうちにエレベーターは都市の中に吸い込まれるように下降し、やがて地上に着いたのか、エレベーターが少しだけ振動したかと思うとピタリと停止した。
「クレア星、エスタの首都、アーバニアに到着しました。扉が開きます」
相変わらず無愛想なエレベーターのアナウンスがそう告げると、フォンっと音がしてエレベーターの扉が開いた。
エレベーターを出ると、プレデス星と同じで動く歩道が迎えてくれた。
ここでもデバイスは使えるようだ。
デバイスにはプレデス星での俺の記録がメモリーされていて、これからどこに向かうべきかはAIが自動的に判別してくれるようだ。
俺は動く歩道に運ばれるままに移動した。
エレベーターホールはプレデス星のあの空間とほとんど同じように見えた。
重力が強い事以外は何も変わらないように見える。
動く歩道は迷う様子も無く、エレベーターホールを抜けて検閲ゲートを潜った。
すごいな。検疫も何も無いんだな。これが地球の国際空港とかだと、検疫やら税関やらで色々面倒なのに、ここではフリーパスなんだな。
こんなんで、他の星から病原菌でも持ち込む人が居たらどうなっちゃうんだろうな。
ちょっとばかり心配になるぜ。
動く歩道は、そのまま宇宙エレベーターの建物のエントランスを抜けて屋外に出た。
今の時間は夜の11時だが、その景色はプレデス星と何ら変わるところは無かった。
そびえ立つ高層建築物の群れ、案内板の明かり、乗り物が行きかう空中道路の絡み合う様。どれもプレデス星と、デザインも規模も同じようにしか見えない。
「なんだかなぁ・・・」
せっかく「退屈な日々からの脱出」をして別の星まで来たってのに、何だか変わり映えしない景色の連続で、少々興ざめの感がある。
そうしてなんとなく流れる景色を眺めているうちに、動く歩道は、ひとつの建物の中へと入っていった。
建物の入り口には「惑星開拓団候補生 指定宿泊所」と書かれている。
なるほど、ここがどうやら今日の宿のようだ。
宿泊所のエントランスの正面には、受付パネルが並ぶカウンターがあり、動く歩道はカウンターの前まで来て止まり、俺と荷物を降ろしてそのままどこかへと消えていった。
俺の目の前にはタッチパネルで操作するタイプのモニターがあり、画面に触れると
「デバイス情報を確認しています」という文字が数秒間表示され、「認識終了」という表示に変わった。
ほどなく画面は「48階の4801号室のキーをデバイスに登録します」という表示に切り替わり、「登録が完了しました」というアナウンスが流れたかと思うと、画面の表示は消えてしまった。
俺がデバイスを通じて「48階まで移動」と命じると、先ほどと同じような動く歩道が現れ、俺を宿泊所のエレベーターまで運んでくれた。
エレベーターの扉はすぐに開き、俺がエレベーターに乗り込むと、何も操作しなくても「48F」のボタンが自動的に点灯する。
俺の他にエレベーターに乗る人はまだ居ないようで、エレベーターはそのまま扉を閉じて上昇を始めた。
ほんと、便利な世の中だよな。
ポーン、という音と共にエレベーターの扉が開き、そこからはまた動く歩道が俺と荷物を運んでくれる。
長い廊下を進んでいき、突き当りの左側にある扉が、どうやら4801号室のようだった。
俺が扉に触れると、扉は自動的に開いた。
動く歩道は扉の外までしか来れない。なので、部屋の中は自分の足で歩かなくちゃならないのだが、いやはや2.4倍の重力は伊達じゃない。部屋の中を歩くだけでも一苦労だ。
部屋の中はシンプルな作りで、例えるなら「典型的なワンルームマンションの間取りを、乳白色のタイルだけで作ったイメージ」といえば伝わるだろうか。とにかく、正方形の目地が入っている以外は床も壁も天井もすべてが乳白色の空間で、バスルームにトイレとシャワーがある以外は、家具らしいものは何も無い空間なのだ。
天井のタイルの一つが照明になっているようで部屋は明るいが、無機質さが際立つ空間でしか無かった。
俺はまたデバイスを使って「就寝する」と伝えると、壁の一部が手前にせり出してきて、人ひとりが横たわれるくらいの板が、水平になったところで停止した。
なるほど、これがベッドか。
ベッドの上を軽く手で押さえてみると、見た目では分からなかったがそれなりに柔らかい作りになっていて、前世の地球で一時期流行した「低反発クッション」のような感触がした。
俺はシャワーも浴びずに靴を脱いでベッドに横たわった。
するとベッドの枕元から「脳波計測中」と声がして「睡眠モードへ誘導します」と続けた。
あとは自動的に俺を睡眠まで誘導する機能が起動し、俺を熟睡させてくれるだろう。
「明日からは学園生活か。どんなところだろうな・・・」
俺が学園への思いを馳せる間も無く、ベッドの機能によって睡魔に飲み込まれる事になった・・・
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翌朝、俺はスッキリと目覚めた。
プレデス星の時でもそうだったのだが、この人生で「よく眠れなかった」なんて日は一度も無かった。自宅のベッドにも睡眠誘導機能が備わっていたし、クレア星でもこのあたりの技術は同じようだ。
俺が身体を起こそうとすると、ベッドが俺の動きに合わせて傾いて、起きるのを助けてくれる。ほんと、何から何まで出来過ぎなくらい便利な世の中だ。
俺がデバイスを通じて「シャワーを浴びる」というと、バスルームの扉が自動で開き、バスルームの扉の縁がグリーンに光った。
俺はその場でローブを脱ぎ、全裸になってバスルームに入った。
すると扉が自動的に閉まり、バスルーム中に少し熱めのスチームが充満する。
あとは壁面全体から注がれる泡と温かいシャワーで身体が清められる。
一通り身体が清められると、今度は温風が吹き出して身体を乾かしてくれるのだ。
金髪の長めの髪を乾かすのには少し時間がかかるが、バスタオルのようなものは無いので、温風で乾かされるのを待った。
温風でスチームが吹き飛ばされたバスルーム内の壁から小さなトレーが出てきたかと思うと、その上にはハブラシが乗っていた。
今はもう慣れたが、この世界には歯磨き粉が無い。幸い虫歯にはなっていないし、虫歯になった人間をこの世界では見たことも無いのだが、前世の地球で使っていた歯磨き粉のように、ミントのスカっとした感じがしないのには、最初はなかなか慣れなかったんだよな。
歯磨きを終えてバスルームを出ると、壁面の一部に様々な情報が表示されていた。
「どれどれ?」
と情報を見てみると、どうやら今日の俺の予定が書かれているようだ。
現在の時刻、7時15分。
7:30 個室内で朝食。
8:00 宿泊所1Fロビーに集合
8:30 シャトルバスに乗車
9:20 惑星開拓研修学園の入学説明会場に入館
9:30 入学説明会開始
10:15 学力試験会場に入室
10:30 学力試験開始
12:00 昼食会場に入館
13:00 学力別クラス教室に入室
13:30 クラス別説明会
15:00 TBD
なるほど。
最後の「TBD」ってのは「決まり次第デバイスで通達する」って意味だ。
つまり、どこのクラスに入るかによって、その後の行動が決められるって事なんだろうな。
俺は一通りスケジュールを確認して、情報をデバイスに同期させ、服を着てから部屋の中を歩き回ってみた。
朝食まではまだ10分以上あるし、早くここの重力に慣れておきたいんだよね。
部屋はそれほど広くはないが、家具が何も無いので、身体を動かすのにちょうど良かった。
ポーン、と音がした。
すると壁の一部がシュっと開いたかと思うと、椅子とテーブルが出てきた。
テーブルの上には朝食のプレートと水の入ったグラスが乗っており、出来立てなのか、料理からはまだ湯気が出ていた。
「お、朝メシだな」
俺は椅子に座り、朝食メニューを見て目を見張った。
「おお!? コレは・・・」
朝食のメニューは、ジンジャースープにサラダとスクランブルエッグ、そしてカリカリのベーコンとパンだった。
いや、これが前世の地球なら何も驚く事は無いのだが、プレデス星に転生してからこれまでの15年間、動物性の食事なんて一度も食べた事が無いのだ。
スクランブルエッグ? ベーコン?
つまり、鶏が居るって事? しかも食用の豚もいるって事??
いやいや、まだ喜ぶのは早い。
「見た目が肉っぽいだけで実は豆だった」なんて事もこれまでには幾度かあったからな。
それでも、この見た目には期待してしまう。
俺はフォークを手にとって、スクランブルエッグに見えるものを掬って一口食べてみた。
うおおおおおおおおおおお!!!!!
「間違いない!これはスクランブルエッグだ!」
って事は、このカリカリのベーコンも・・・
と、今度はサラダと一緒にベーコンらしきものをフォークに刺して口に運んでみると・・・
ぬおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!
「ベーコンだ! 肉だ! この歯ごたえ、染み出る旨味! 燻製肉独特のこの香り! 本物の肉だ!」
スゴい! スゴいぞ!
これだけでもクレア星に来て良かったと思えるぜ!
この星には「肉」がある!
しかも、少なくとも「鶏と豚が居る」のは間違い無いはずだ!
となれば、鶏肉だってあるんじゃないのか!?
ついでにスープもすすってみると、生姜の香りに交じって魚介の風味がした。
ひょおおおおおおおおお!!!!!!!
コレって
カツオっぽい魚介系の
つまりここには魚の料理もあるって事か!
肉に魚! プレデス星じゃぁ人間の母乳から精製したミルク以外にゃ植物系の食べ物しか見た事が無かったけど、ここでは食べられる動物が居る!
こりゃあ期待で胸が膨らむってもんだ。
俺はプレートを左手で持ってガツガツと朝食を掻き込み、グラスの水をゴクゴクと喉を鳴らして飲んで口の中のものを流し込んだ。
「ふうーっ! 旨かった!」
たかがスクランブルエッグやベーコンごときでここまで感動できるとは思わなかったぜ。
学園でも昼食の機会はあるし、今から学園のランチが楽しみで仕方が無いな!
おれはプレートとグラスをテーブルに戻し「食事を完了」とデバイスを通じて話すと、テーブルと椅子は元の通り、部屋の壁に飲み込まれて姿を消した。
うし、もう一度歯磨きして、早目にロビーに移動しておくとするかな!
俺はまるで「遠足が待ちきれない子供」のような気分で歯磨きをして荷物を背負い、早々に部屋を出てロビーに向かう事にした。
早く重力に慣れる為に、エレベーターまでは自分の足で歩いてみた。
背負った荷物の重さも2.4倍なので、エレベーター前に着く頃にはもう肩と足の裏が痛くなってきた。
「ダメだこりゃ。やっぱ、徐々に慣らしていった方がいいのかな」
俺はそう言ってデバイスで荷物トレーを呼び出し、荷物だけは自動で運ぶ事にした。
ポーン、と音がして、エレベーターの扉が開いた。
俺が乗り込もうとすると、エレベーター内には既に2人の人が居た。
一人は明るい茶色の髪をした若い女で、もう一人は銀髪の若い男だった。
二人は無言で俺の方を少し見ただけで、すぐに目をそらして上の方を見ている。
俺は気にせずエレベーターに乗り込み、扉が閉まると身体を反転させて扉の方を向いた。
これは前世の地球でも感じていた事だが、どうしてエレベーターに乗ってる時って、みんな上の方を見るんだろう?
階数表示があるので、きっとそれを見てるんだろうけど、こういうところは地球と同じなんだな。
そんな事を考えているうちにエレベーターは1Fに到着して扉が開いた。
エレベーターを降りると、俺はあらかじめ呼び出しておいた動く歩道に乗り、ロビーに移動した。
ロビーには空港の待機場所みたいに沢山のベンチが並べられており、そのうちの一つに俺は荷物を置いて腰掛けた。
ふと顔を上げると、先ほどエレベーターに乗っていた銀髪の男が斜め向かいあたりに座るところで、もう一人の女は窓際のベンチに座るところだった。
たぶん、あいつらも俺と同じ候補生なんだろうな。
あいつらもプレデス星から来たんだろうけど・・・
「今日の朝食って、あいつらにとってはどんな感じなんだろうな」
と、つい声に出してしまった。
すると、斜め向かいに座っていた銀髪の男がハっとしたように顔を上げ、俺の方を見た。
俺もハっとしてつい銀髪の男の方を見てしまい、俺は銀髪の男と目があってしまった。
すると俺の頭の中で何かがグニャリと歪み、頭の中に銀髪の男の情報が流れ込んでくる。
来た、情報津波だ。
15年間の努力の甲斐あって、情報津波の規模は制御できるようになっている。
今では適度に必要な情報だけを得られるようになっていた。
男の名前はメルス・ディエン。15歳の男でプレデス星の出身。デバイスは俺と同じエクシズで、乗り物に関する機械工学を学ぶ為にクレア星に移住。俺と同じ様に惑星開拓団への入団を目指しているが、中等学校での成績は「中の上」で、どうやら俺と同じ中等学校を卒業しているらしい。
今日の朝食はサラダとパンだけを食べて、スクランブルエッグとベーコンは一口ずつかじっただけで、食べずに残してしまったようだ。
「あの・・・」
と銀髪の男、メルスが俺にデバイスを通じて声をかけてきた。
「あの、あなたと会話をする事を許可いただけますか?」
そう。プレデス星でもそうだった。
何度も言った通り、プレデス星の人々の関係は淡白だ。
変に深入りして仲良くする事も無いし、会話も必要最低限の情報しか話さない。
俺の「子供の頃の友達」というのも「相手を不快にさせない為に、極力無駄話はしない」という教育方針のせいか、天気の話か予定の話くらいしかしなかった。その程度の会話しかしていないのに、それでも「友達」という扱いになるのは、それほど人間関係の会話が少ないからだ。
「もちろんいいですよ」
俺はメルスの呼びかけをデバイスで快諾した。
「もし間違いなら指摘をいただきたいのですが、あなたはショーエンさんですか?」
お、俺の名前が分かるのか。もしかして、メルスにも「情報津波」みたいな能力があるのだろうか。
「はい、確かに私はショーエン・ヨシュアですが、何故私の名前を?」
俺が名乗ると、メルスは表情を和らげて笑顔になり
「ああ、やはりそうでしたか。 私はあなたと同じ中等学校に在籍していたのですが、主席卒業生の情報であなたの姿を見て、もしやと思って気にしていたのです」
ああ、なるほどね。
「そうでしたか、念のため、あなたのお名前を伺っても?」
「もちろんです」
とメルスは即答し、
「私はメルス・ディエン。どうか、メルスとお呼び下さい」
と右手を胸に充てて軽く会釈した。
うし、なかなかいい奴そうだし、せっかくだから、いろいろ会話してみるか。
「こんにちは、メルス。 あなたも惑星開拓団への入団を希望しているのですか?」
「はい。私は惑星での移動手段の可能性について学びたいと思い、機械工学を軸にカリキュラムを構築できればと考えています」
「移動手段ですか。具体的なお話を伺っても?」
「はい・・・」
とメルスは小声になり、
「あの・・・ クレア星での会話は、プレデス政府に通知されたりするのかどうか、ショーエンさんはご存じですか?」
「私の認識は、プレデス星の宇宙ステーションのゲートを潜ったところから、プレデス星の法の管轄には無いというものですが」
「そうですよね! よかった・・・」
なるほど。プレデス星の宇宙ステーションのゲートを潜っても、何だか誰も大騒ぎしないもんだから、てっきりプレデス星の人はみんなそういう文化が浸透してしまっているのかと思っていたけど、やはり確信が持てずに黙ってたんだな。
俺もそうだったからよく分かるよ、うんうん。
俺は頷きながら
「ああ、だからメルス、堅苦しい会話じゃなくて、こんな砕けた会話でもいいんだぜ?」
と俺が肩をすくめて見せると、メルスは目を丸くして驚いた表情を見せて、クスっと笑ってから
「意外でした。ショーエンさんはもっとお堅い人なのかと思っていました」
と言った。
「俺だってそうさ。どいつもこいつも自己主張なんてしないから、てっきりみんなロボットみたいな性格になっちゃってるもんだと、これまでずーっと思ってたんだぜ?」
「まさか! しかし、プレデス星の法は秩序を重んじるがあまり、思考や言動に制約が多いですからね。正直な気持ちは誰も表に出せませんよ」
「やっぱりそうだったんだな!」
と言って、俺はハハっと軽快に笑って見せた。
「で、メルスが目指す移動手段に関する機械工学についてだが」
と俺は話を戻した。
「具体的にはどんなものを考えているんだ?」
「そうですね・・・ ショーエンさんは、プレデス星やクレア星の乗り物についてどう感じていますか?」
「乗り物? うーん、まあ、便利だなぁ、とは思うよ。何もかもが自動制御だから、退屈な気分にはなるけどね」
すると、メルスはパァっと顔を輝かせ、
「退屈! そう、退屈なんです! ああ、やはり私だけがそう思っていた訳では無かったのですね! しかも主席卒業生のショーエンさんまでがそう感じていたとは・・・」
メルスは感慨深げに目を輝かせて俺を見て続けた。
「私は、自らが肉体を使って操作する乗り物を作りたいのです」
「ほほう?」
「まだ具体的なデザインについては考えがまとまっていないないのですが、惑星開拓団に入団できれば、そのヒントが得られるのでは無いかと考えています」
なるほど、自転車とかの事かな?
確かに、プレデス星で生涯を過ごすとなると、星人のほぼすべてが「運動不足」になるもんな。若いうちからそこに気付くとは、こいつはなかなか見どころがありそうだ。
「メルス、それはかなり面白そうだな。惑星開拓団に入団できたら、俺も色々アイデアを出させてくれよ」
「本当ですか!? それはありがたいです!」
とメルスは飛び上がらんばかりの勢いで立ち上がり、全身で喜びを表現しているようだった。
まあ、実際には重力がきついせいもあって「よっこらせ」みたいな感じで立ち上がってたんだけどね。
「でさぁ・・・」
と俺が話しかけようとメルスの顔を見ると、メルスの視線は俺を通り越して、俺の背後を見ていた。
俺がメルスの視線を追って振り返ると、すぐ傍に、先ほどのエレベーターで一緒だった、明るい茶色の髪をした女が立って俺達の顔を交互に見ていた。
こうなりゃついでだ。こいつの事も知っておこう。
俺が女の目を見ると、情報津波が発動し、頭の中に彼女の情報が流れ込んでくる。
彼女の名前はティア・エレート。プレデス星の出身だが俺達とは違う都市の中等学校を主席で卒業した15歳の少女だ。9歳の頃に食事で出された柑橘系の果物を食べた時に、体内の電解質との化学反応を感じ取って、それ以来、果物と電解質について興味を持ち、それを本格的に学びたくて惑星開拓団を目指す事になったらしい。デバイスはギャランを装備しているようだ。今日の朝食はすべて食べきったようで、特にスープが気に入ったようだ。
「私も会話に参加してもよろしいですか?」
とティアが口を開いた。
メルスは俺の顔を見て、まるで俺の判断に委ねるといった表情だった。
俺は首を縦に振り、
「もちろん、歓迎するよ」
と両手を広げて見せた。
ティアは快活な少女だった。
俺が「堅苦しい言い回しはやめようぜ」というと、いっきに砕けた口調になったのもティアの個性というべきか。
メルスは何故だか俺には敬語を使ってくるのだが、ティアに対してはタメ口で話せるようになってきた。
「さすがショーエンは首都の学校の主席卒業生ね。思ってた以上に博識よね」
「そうかい? 地方都市とはいえ、同じ主席卒業生に褒めてもらえて光栄だね。ありがとよ」
「ティアの電解理論もとても面白いよね。僕が作る乗り物に活かせる部分もあるかも知れないね」
どれが誰の発言かは推してもらうとして、ともあれ、転生してからまともな会話などできなかった俺やプレデス星出身のメルス達は、学園への移動を呼びかける案内が来るまでの間、心の底から会話を楽しんだ。
そうしているうちに、ロビー内にピンポーンと音がひびき、
「惑星開拓団候補生の皆さま、エントランスまで移動して下さい」
というインフォメーションが流れた。
「よし、行くか!」
と俺が声をかけると、メルスとティアは笑顔で頷き、3人でエントランスまで移動した。
エントランスには大型バスのような乗り物が扉を開けて待っていた。
バスは車輪がある訳ではなく、やはりプレデス星と同じく重力制御装置によって宙に浮いた乗り物だった。入り口には「惑星開拓団候補生専用」と書かれてあり、デバイスを通じて乗車を促された。
俺は一泊だけの宿とはいえ、おいしい朝食を食べさせてくれた施設に心の中で礼をしようと振り返ると、エントランスの看板が「ベテルギウス調査団用宿泊所」という表示に切り替わるところだった。
なるほど、毎日いろいろな団体の宿泊所として機能しているんだなここは。
俺達3人は荷物を持ってバスに乗り込み、一番後ろの座席に3人が横並びに座る事にした。
正面から見て左にメルス、真ん中に俺、右にティア。
なんだか、人気者にでもなった気分だな。
バスには32人の学生が乗り込んだ。
「ん?」
俺は少し怪訝な顔をしてメルスとティアの顔を交互に見た。
俺はデバイスを通じて、二人に無音会話モードで話しかけた。
「なぁ、プレデス星から来た学生って、31人だったよな? ヴィーナス号には36人が乗船したけど、5人は大人だったから、学生じゃないもんな?」
ティアがそれに答えた。
「そうね、私も気になってたの。もしかしたら、クレア星人か、それとも他の惑星から来た人が混じっているのかも知れないわね」
「なるほど。そんな事もあるんだな」
するとメルスが
「でも、おかしくないですか? 僕がプレデス星で学んだところだと、プレデス星が人類の起源になっていて、プレデス星より発展している惑星は存在しないはずです。なので、惑星開拓団にはプレデス星人しか入団できないはずなんです」
ティアも頷きながら
「それはそうよね。でも、街を見た感じだとクレア星もプレデス星とほぼ同じレベルの進化をしているみたいだから、クレア星人が惑星開拓団に入団する事ならあり得るんじゃない?」
俺も頷きながら
「そうだな。だとすれば、この星について詳しい奴が最低でも1人は居るって事だよな。できれば、俺はそいつと友達になりたいと思うぜ」
メルスとティアは、うんうんと何度も頷きながら「友達いっぱい作りたいな」と、まるで小学一年生みたいな事を呟いていた。
そうしているうちにバスの車窓から見える景色は都市を抜けて、いつしか深い森林になっていた。
森の中を突っ切る一直線の道路。
風景画にしたら、ほんとつまらない絵になりそうだな。
プレデス星は都市計画が素晴らしく、芸術的にバランスが取れていたんだけど、そのセンスはクレア星までは持ってこれなかったようだな。
間もなくバスの前方に長い塀が見えてきた。
塀の高さはいかほどだろうか。10メートルくらいはありそうだ。
そしてその塀の向こうに、巨大な建物がいくつも並んでいるのが見える。
まるで城塞都市のようにも見えるあれが「惑星開拓研修学園」なのだろう。
「見えてきたな」
俺がそうつぶやくと、メルスとティアも身を乗り出して前方の景色を見た。
二人の表情は、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供の様に輝いていた。
ポーンと音がしたかと思うと、バスの中にアナウンスが流れた。
「間もなく、惑星開拓研修学園、正門前に到着します」
アナウンスを聞いて、心なしか俺も興奮してきたようだ。
とうとう始まるんだな。
俺達の学園生活が。
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