満開の桜には秘密がある

さくらみお

前 編


 2062年。

 桜が満開に咲く季節の4月某日。


 あらゆるメディアの速報は、人気絶頂アイドルグループ・『FIXフィックス』の藤宮結人ふじのみやゆいと(28)の大スクープを知らせた。


 『FIXフィックス』は五人の男性グループで、歌って踊る正統派イケメンアイドル。

 その中で容姿も歌唱力も演技も他のメンバーに群を抜いて上手い藤宮結人ふじのみやゆいとはここ数年、世の中の多くの女性を魅了するカリスマアイドルだった。

 彼の出演するドラマは必ず大ヒット。

 歌えば何百万ダウンロード。

 彼が発信するSNSで写った商品はその日の内にお店から消えるほど。

 芸能界は藤宮結人の天下だった。


 そんな彼が突然、本人達以外には悲報でしかないニュースをぶち込んで来た。


『藤宮結人、幼馴染みのA子さんと結婚』


 この大ニュースは日本中を巻き込み、多くの女性ファンが「結人ゆいとロス」に涙した。

 ――そして、不可思議な事件が起きたのは、その大ニュースの翌日。


 藤宮結人のファンだった女性が、ショックに自殺をしたのだ。その数はなんと15人。

 しかも、この女性達『15人全員』日本時間で4月4日午後10時36分に『みんな十階建てマンションから飛び降り自殺』をしたのだ。

 ――もちろん、飛び降りたマンションは全く別々である。


 最初は15人の女性がSNSで繋がった結人のファンで、同じ時刻に集団自殺をしたのかと思われた。だが、15人の女性は北は北海道から南は沖縄まで分布し、海外に住居を持つ女性も2人も居た。

 全員が面識も無く赤の他人であり、もちろんSNSなどでの繋がりも一切無かった。


 この集団自殺事件の捜査を任されたのは、湖水署の捜査一課、田中警部(47)。意地っ張りで短気、曲がったことが大嫌いな古い男。

 犯人の立てこもる店に突入する等の現場アクションは得意分野だったが、こうして机の上で物事を考えるのは苦手だった。


 田中警部は自分のデスクで遅いお昼ご飯の焼肉弁当を頬張りながら、一人一人の素性調査を眺めては唸り、頭を悩ませていた。


「お悩みですか?」


 声につられて、田中警部が顔を上げた先には、ワカメ頭の青年が居た。

 それは、新人刑事の佐々波太郎さざなみたろう(32)だった。


 先日から捜査一課のに配属された佐々波さざなみ巡査じゅんさは特殊な職歴を持つ男だった。

 以前は探偵業をしていて、転職をして警察に入った男だったのだ。いつもやる気が無さそうな猫背に目つきの悪い三白眼から、女性達にはすこぶる評判が悪い。


「なんだね、急に」

「上田さんから、この事件の応援要請を受けました」


 上田とは、真田警部と同僚の刑事。

 今は別の事件を受け持っている。少しおせっかいな同僚で、今回の事件も一週間経つのに何も進展が無い事を心配してくれているのだろう。


「15名同日同時刻集団自殺事件。田中さんが半年かかる事件を、僕なら5分解決出来ると言われましてね」


 その自信たっぷりに口角を上げる佐々波太郎に、田中警部は長年のキャリアを馬鹿にされた気分になり、ムッとする。


「5分だと?! ぶざけるな。5分で解決したら、警察なんて要らんのだ!」

「いえ、5分で解決出来るから、警察ぼくが必要なんです」


 佐々波太郎は、真田警部の机に散らばる書類をまとめると、それを一枚一枚ペラペラとめくって読み始めた。

 そんな男の顔を仏頂面で見上げる真田警部。すると、佐々波太郎は一分もしない内に何かに気が付いた様だ。


「全員の名前に『ヨシノ』がついています」


「……ああ、確かにそうだな。

浮田うきだ佳乃よしの

油井ゆい吉乃よしの

高橋たかはしよしの、

遠藤えんどう良忍よしの

……偶然の一致とは思えない」

「年齢は±10歳で、全員20代〜30代の女性ですね」


 佐々波さざなみは資料をもう一度読み直し、この事件の真相に直ぐ気がついた。

 しかし、良いのだろうか……。この事件の真相は深いと佐々波は思い、田中警部にをする。


「……田中さん、これは5分で解決出来ますが、覚悟が必要な事件です」

「覚悟??」

「ええ、これは世界の裏側を知る事件です。覚悟はありますか?」


 若い時から警察官として、生死を分かつ修羅場の現場を乗り越えて上り詰めてきた田中警部。警察という仕事柄、世の中が綺麗では無い事くらい知っている。

 だから、田中警部は「それが事件解決に繋がるなら、俺は何でも受け入れる」と気軽に豪語した。


 すると、佐々波は声色を変えて、明るい口調で問題を出してきた。


「では田中さん、問題です! 貴方の食べている焼肉弁当のお肉は何のお肉でしょうか?」

「牛肉だ」

「正解です! では、これはどこで生産された物でしょうか?」

「……え?」


 田中警部は机に伏せていたお弁当の蓋をひっくり返し、ラベルを確認する。


「……国産牛」

「ええ、の牛です。しかし、このマーク、ご存知ですか?」


 佐々波太郎は、ラベルの端っこにある小さな枝に小さな葉っぱが二枚付いた『小枝』のマークを指差した。


「ああ、昔っからよく見かけるな。小枝だし……エコとか、リサイクルのマークなのか?」


「これが、今回の事件の鍵ですね」

「お前、何を言っているんだ?」


 全く意味の分からない田中警部。

 佐々波巡査は長閑のどかな青空が広がる窓の外を眺め「それを召し上がったら、警察署の外に来てください」と言い残し、一人さっさと部屋を出て行ってしまった。

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