鼻をきかせて3
「不思議な人だね」
森の中に消えていったジの方を見ながらエスクワトルタが呟くように言葉を発した。
「不思議だね〜」
「そうだね」
その言葉に近くにいたウルシュナとエが同意する。
2人は顔を見合わせて笑った。
「……なんでこんなに頑張るの?」
エスクワトルタは分からなかった。
獣人は絆が強い。
だから同族同士なら命を投げ出しても助けるようなことも理解できる。
けれどエスクワトルタとジは同族ではない。
それどころか疎み疎まれるような種族の違いがあるのにジは全力でスイロウ族を助けようとしてくれている。
ルシウスはまだ貴族の責務や国の命令だからという理由をつけられるのにジにはスイロウ族を助ける利益もない。
「私には分かんないよ」
「ふふっ」
「な、なに?」
不思議そうに首を傾げて頭を悩ませているエスクワトルタを見てエは思わず笑いを抑えきれなかった。
「そんな風に考えても多分分からないよ」
「……どうして?」
「だってそれがジだもん」
「……どういうこと?」
「理屈じゃないの」
エは笑顔を浮かべたままジが向かっていった方向に目を向けた。
「ジは……なんだかんだ利益とかそんなことも関係なく人を助けちゃうの。いつの間にか本気になって、全力で他人を助けようとしちゃうんだよ。ほんと、バカなんだから」
「バカって……」
エスクワトルタはエをチラリと見た。
その目は優しかった。
バカだと言いながらも本気でバカにしたような目の色ではなかった。
「ねー、私が貴族じゃなくても困ってたらジは絶対に助けてくれるし、何者でもきっと仲良くしてくれる。お父様が貴族としての心構えを説いてくれることがあるけど貴族よりもよっぽど貴族みたい」
ウルシュナもジのことを語る表情は柔らかい。
2人がジに対して大きな信頼を寄せていることがエスクワトルタにもよく分かる。
「おーい!」
ジが森の中から戻ってきた。
「信頼できる人……」
少し諦めかけていたエスクワトルタであるがまだもう少しジを信じてみようと思った。
「目印、見つけたかもしれない!」
「本当?」
「ま……可能性だけどね」
ジは臭い木の実が成る木がどうしても気になった。
ここら辺には生えていないはずの木がぽつんと生えていて、鼻のいい獣人が嫌っているはずなのに近くに拠点を置いている。
理由があるはずだと思った。
違和感を感じるのなら何かがあると言ったのはジだ。
その違和感の正体を確かめるためにジは森の中に入った。
確かに周りにも臭い木の実が成る木は見当たらなかった。
けれど少し離れたところに臭い木の実が成る木が生えているのを見つけた。
ただその木も一本だけ生えていた。
「つまりニオイ、鼻を使って臭い木の実のニオイを辿っていくんだ」
そこでジは臭い木の実が成る木そのものが目印なのではないかと推測したのである。
エスクワトルタが言われた鼻を使えという言葉もこれなら納得ができる。
「なるほどね」
言うなれば目印ではなく鼻印。
鬱蒼と木々が生える大森林の中で一本二本の木を気にする人などいない。
けれどこうやってよく見れば不自然な生え方をしている木を辿っていくことをヒントとするのは逆転の発想である。
「どの道他に目印もないその木を探して辿っていこう」
ルシウスもジの推測に納得した。
一定程度説得力のある話である。
それにもう目印のようなものもない。
こうなったら残る拠点に行くよりもジの勘を信じた方がいいとルシウスも考えた。
ひとまずジが見つけた臭い木の実が成る木まで移動する。
「中々距離が空いているな」
拠点近くにあった木からそれなりに距離があった。
軽く見回して次の木を見つけるのは骨が折れそうだった。
「そこで多分鼻なんだと思います」
周辺をフラフラと当てもなく探すのは難しい。
臭いかもしれないけれどエスクワトルタとトースの鼻で探してもらうことにする。
「う〜……」
話は分かるのだけど中々大変。
次の臭い木の実が成る木を探したいけれど今近くにある臭い木の実のニオイがある。
「ならばこうしよう」
ルシウスが手を臭い木の実が成る木に向けた。
風が巻き起こり、臭い木の実が成る木が包まれた。
「これでどうだ?」
木からニオイが漏れないように魔法で包み込んだ。
これならば探せるかもしれないとエスクワトルタとトースがニオイを探し始める。
「お姉ちゃん、あっち」
まだちょっと近くの木のニオイは残っているが違う方からニオイが流れてきているのをトースが嗅ぎ取った。
「行ってみよう」
トースが指差した方に向かってみると臭い木の実が成る木が生えていた。
「この調子で探していこうか」
ルシウスが風を起こして臭い木の実が成る木を覆って次の木を探す。
ジたちは少しずつ森の奥へと足を踏み入れていった。
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