蛮族の子1
「教会の方はどう?」
井戸まで歩きながら孤児院にもなっている教会について聞く。
リアーネが育った場所であるし、孤児院の子供たちの何人かはまだフィオス商会の馬車を作ってくれるノーヴィスの工房で働いている。
ジにとっても決して無関係な場所ではないのだ。
あまり直接の交流を持っているわけじゃないけれど気にはしている。
「こないだ風邪ひいた子はいたけどジが木を送ってくれたおかげであったかくできたからなんともなかったよ。あんがとな」
「そう、ならよかったよ」
工房の手伝いなどで多少お金も入ってきたので工房以外でも仕事を見つけてきたような子もいたり本格的に教会を手伝い始めた子もいるらしい。
ある程度余裕もできたのでまた2人孤児も増えたらしい。
リアーネから軽く教会の話を聞いているとあっという間に井戸に着いた。
「貸しな」
井戸では女の子が水を汲もうとしていた。
中々重たい水を汲み上げるのに苦労していたらサッとリアーネが代わってあげる。
「ありがとう、お姉さん!」
「おう、転ばないように気をつけて帰れよ」
「バイバイ!」
「優しいじゃん」
「これぐらい当然だよ」
孤児院でも人気のあるリアーネは子供の面倒見もいい。
身長も高めで一瞬威圧感もありがちだが柔らかく笑って子供が怖がらないようにしている。
ジが褒めるとリアーネは顔を赤くする。
戦いでは容赦がないが女の子に小さく手を振っているリアーネは可愛らしさもあった。
「それじゃあ他に人もいないし水を汲むか」
まだ朝の時間帯と言ってもよく、空気が冷たいからか水を汲みに来ている人はいない。
一回井戸を使えば終わりではなく、何回か水を汲む必要があるので他に人がいたら先に譲るつもりであったがその必要はなかった。
ジとユディットとリアーネの3人で交代して水を汲む。
「ジョーリオ、頼むよ」
水を持ってきた木のバケツに移し替えたらまたジョーリオが糸でまとめて持ち上げる。
フィオスもお手伝いのつもりなのかジョーリオの上に乗って家に向かう。
ジョーリオが暴れることはないとみんな分かっているけど流石にでかいクモが闊歩していれば道を開ける。
「おい、待ちやがれ!」
「なんだ?」
水がこぼれないように少しのんびりと帰っていると怒号が聞こえてきた。
ジが振り返るとフードを被った子供とそれを追いかける怒り顔の男が見えた。
「あれは!」
子供が石につまずいてフードが取れた。
「この蛮族のガキが! 来い! 衛兵に突き出してやる!」
「は、放せよ!」
「うるせえ! 蛮族が無事でいられると思うなよ!」
「うっ!」
子供は男の子だった。
しかもそれだけではない。
少年の頭にはまるでケモノのようなミミが生えていたのであった。
男は捕まえてもなお逃げ出そうと暴れる少年の顔を叩いた。
「待ってください!」
「あ? なんだお前?」
「その子が何をしたんですか?」
首根っこを掴まれて引きずるように少年を連れていこうとする男をジは呼び止めた。
男はジの後ろにいるジョーリオに少しギョッとした表情を浮かべたが悪いこともしていないのに白昼堂々と襲われるはずがないとすぐに怪訝そうな顔をしてジを見下ろした。
「こいつは店の商品盗んで逃げたんだよ。しかも見てみろ。こいつは北の蛮族だ。
衛兵に突き出して鞭打ちにでもしてもらうさ」
「待ってくださいよ、まだ子供じゃないですか」
「はっ、子供だろうが盗人は盗人だ。物盗む奴許してたら商売なんて成り立たねえよ。
それに蛮族なんだ、許す理由なんてないだろう」
「じゃあ盗んだもののお金は俺が払うのでコイツ俺に任せてくれませんか?」
「……なんだと?」
男は眉を吊り上げた。
知り合いでもなさそうなのになんで急に割り込んでくるのだと理解ができない。
「ユディット」
「はい。これぐらいで足りますか?」
ユディットがサッとお金を出す。
少年が手に持っているのは果物で、大体の値段は分かる。
ユディットはジの意図を素早く汲み取って多めの金額を提示してみせた。
「ん……まあ金を払ってもらえるなら」
男の心が揺れる。
物を盗んだ少年を捕まえて衛兵に差し出しても得られるものはない。
お金を多めに払ってもらえるというのなら当然にその方がいい。
「衛兵に突き出すと話を聞かれたり面倒でしょう? こっちでどうにかしますよ」
もう一押しだと思ったジはさらに畳み掛ける。
「そ、そうだな。君たちの心意気に免じてここで手を引いてやるとしよう」
コホンと一度咳払いをしてユディットからお金を奪い取るように受け取ると少年から手を離した。
「ただしもう俺にそいつを近づけるなよ! うちの店で見かけたら今度こそ衛兵に突き出すからな!」
「……んだあいつ。子供ぶん殴りやがって」
リアーネは悪態をつきながら離れていく男の背中を睨みつける。
「大丈夫か? ……まあ大丈夫そうだな」
少年は殴られて赤くなった頬に触れようとしたジのことを睨みつけた。
触るな、ということだろう。
少なくとも殴られてショックを受けたり、それによってひどいダメージはなさそうだった。
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