退かぬ時もある2
「遅れて済まないな」
ジの正面は空いているのでなぜだろうと思っていたらブラーダが部屋にやってきてそこに座った。
すごく上席。
斜めに王様、正面に前王様とはとんでもない席の配置である。
「それでは食事を始めようか」
クオンシアラが手を打ち鳴らすと食事がテーブルに運ばれてくる。
「マナーなどは気にしなくてもいい。
1番は食事の味を楽しむことだからな」
そう言ったって無礼は働けない。
最低限不快にさせないように気をつける必要はあるだろうとジは思った。
「あれ、これは……」
運ばれてきた料理には見覚えがあった。
ジは思わずブラーダを見る。
「ふふふ、覚えていてくれたようで嬉しいよ」
それはジがモンタールシュに来て最初に入ったレストランでブラーダに奢ってもらった料理であった。
メニューにもない特別な料理を特別にジたちに振舞ってくれた。
その料理をわざわざこの場でも出してくれた。
ちょっとしたシャレのきいたことをするものである。
一口食べてみるとやっぱり美味い。
ミュコを始めとしたテレンシア歌劇団のみんなも驚いたような表情を浮かべる。
これは色々な国を旅していてもそうそう食べられるものじゃない。
「改めてフィオス商会、テレンシア歌劇団には招待に応じてもらって感謝している」
「こちらこそこのような場を設けていただいたこと光栄に思っております」
「我々流しの歌劇団をご招待いただきありがとうございます」
「流しの歌劇団……ねぇ」
何かが引っかかったようにクオンシアラが笑った。
「実はな、ジ商会長」
「はい、なんでしょうか?」
「この場を設ける前にテレンシア歌劇団を私は誘ったのだ」
「誘った……ですか?」
「うむ。
素晴らしいものを見せてくれた礼にと団長であるニージャッド殿に来てもらった。
その時に我が国のお抱えになるつもりはないかと誘ったのだ」
国が後押しする。
国家権力が守ってくれ、安定的な収入や他の劇団に比べて優先的な利益を得られる。
その代わりに国の要請に応じたり時には政策などを好意的に見せるようにアピールするようなこともやらねばならない。
多少のデメリットはあるもののメリットは多い。
さらには断ればその国で活動するのもやりにくくなる。
おそらく今日出ていた1番大きな劇団に同じ提案をしても断られることはないだろう、そうクオンシアラは思っていた。
「しかしテレンシア歌劇団はこちらの提案を断った。
“帰るべき場所がある”と言ってな」
ジがチラリとニージャッドを見ると気まずそうな顔をしている。
先ほど口ごもるように伝えようとしていたのはこのことであった。
「どうやらその帰るべき場所、というのがフィオス商会らしいのだ」
和気あいあいとした雰囲気が一転、温度が下がったようにすら感じられる凍てつくような気配をクオンシアラが放ち始めた。
タとケも雰囲気を察して料理を食べる手を止めて、ミュコが双子の手を握ってあげる。
「貴公がテレンシア歌劇団と知り合いだとは知らなかったがさっきの様子を見る限りただのウソではなかったようだな」
やはりさっさと言っておくべきだったとニージャッドは後悔した。
もしかしたらそのまま話は終わって何も言われないかもしれない、ジに負担をかけることはないと変に考えてしまったことが悔やまれた。
「私の提案を断る……その意味を理解しているだろうか?」
今ここでクオンシアラが一言でも言えば兵士が飛んできてジたちを拘束することなど容易い。
理由はどうとでもつけられる。
「フィオス商会の商会長ジよ。
私にテレンシア歌劇団をくれないか?」
柔らかな脅しの後でクオンシアラは本題を告げた。
ニージャッドを始めとしてテレンシア歌劇団の面々が息を飲む。
事前に話していたら何か変わっただろうか。
最近は名声を得られて調子に乗っていたのかもしれない。
クオンシアラの目はジに向いていてニージャッドには向いていない。
けれどそのことがむしろ心苦しく感じられる。
「望むならなんでもやろう。
私はテレンシア歌劇団が気に入った。
断るというのであれば……」
「お断りします」
「なっ……」
王たる者が持つ圧力の中、ジは真っ直ぐにクオンシアラの目を見て答えた。
「確かにテレンシア歌劇団は俺の商会の下に来ることになっています。
そもそも物でもありませんしニージャッドさんがお断りになられたのなら俺がテレンシア歌劇団をあげるとかそんなことできません」
「そうではないだろう?
貴公が一言言えばいい。
テレンシア歌劇団を手元に置くことをやめるとな」
クオンシアラから殺気にも近い雰囲気が漏れ出した。
ニノサンやグルゼイがそっと剣に手を伸ばす。
「やめません」
「それが貴公の意思なのか?」
「はい。
フィオス商会の下に来ると決めたのならテレンシア歌劇団は俺の家族も同然です。
クオンシアラ国王様は家族を差し出せと言われて差し出しますか?」
思い知った。
守れるものには限度があると。
けれどそれでも何かを守ろうと両手を伸ばす。
ジのところに来るのならジはそれを全力で守る。
テレンシア歌劇団はジのところに来ると言ってくれた。
もうそれはジの腕の中にある大切な守るべきものであるのだ。
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