さてさて佳境4

 理由も分からないけれどなぜなのか、ジの頭の中に自分の顔がよぎった。

 今の自分の顔ではない。


 過去の、何もなし得なかった老人の顔。

 よく見ると似てもいないのだけど水なんかに映ったくたびれた寂しい過去の自分の顔を不思議と思い出したのだ。


 青々としげったトレントの上から枝が伸びてきて3人に襲いかかってくる。


「ジ君、行ってください!」


 ジの後ろから氷が飛んでくる。

 襲いかかってくる枝が氷によって引き裂かれて道ができる。


 リアーネとユディットは切り裂きながら突き進む。

 リンデランの支援を受けて2人よりも早くトレントに近づいたジは急激に地面の魔力が強くなるのを感じた。


 まるで鋭いトゲのように先の尖った根っこが飛び出して来た。

 ジの腕よりも太い根っこは突き刺されれば無事ではすまない。


 魔力を感知してどこから飛び出してくるのか先に予想しているジは踊るように根っこをかわす。

 進行の邪魔になる根っこを切り裂いてさらにトレントと距離を詰める。


「もう俺は過去の俺でも、あの時の俺でもない。

 日々前に、フィオスと共に進んでるんだ」


 体に巻き付いていたフィオスがジの左手に伸びてきた。

 ジの接近を防ごうと振りかぶられた枝を右手のレーヴィンで切り裂き、大きく一歩を踏み出して剣の形を取ったフィオスを振り下ろした。


「浅いか!」


 縦にトレントの顔が切られる。

 しかし一撃でトレントを仕留めるには踏み込みが浅かった。


 低くて老人のような叫び声をトレントがあげる。


「私もいるぞ!」


「私もです!」


 その隙にリアーネとユディットも枝や根っこを掻い潜りトレントに接近していた。

 2人の剣がそれぞれトレントの幹を切り裂いた。


「2人とも下がれ!」


 また急激にトレント周りの魔力が強くなるのを感じた。

 3人は大きくトレントの側から離れ、その直後トレントの周りグルっと根っこが飛び出してきた。


「もっと一撃で倒さなきゃダメみたいですね」


 そこそこ深く切り付けたのだけどトレントは少しばかり樹液を垂らしただけで切り傷が塞がってしまった。

 植物系の魔物は痛みに強く、再生する能力も高い。


 植物系の魔物の中でも上位に当たる魔物のトレントはそうした性質も非常に強くて倒そうと思うなら素早く幹を切り倒すか火で燃やし尽くしてしまうしかない。

 出来るなら大きく隙を作ってエの魔法を決めたいところである。


「なんだ……?」


「みんな、集まって!」


 トレントの葉っぱがざわめいた。

 危険を察したエの周りにみんなが集まる。


 大軍が一斉に射撃した弓矢のようにトレントから葉っぱが飛び出してきてジたちに降り注いだ。


「はあああっ!」


 剣では到底防ぎようもなさそうな攻撃。

 ジたちの周辺に渦巻くような火が立ち上りドーム状の形を作る。


 鋭く尖った葉っぱがエの火に当たって燃えて消えていく。


「危ない!」


 葉っぱは問題なく防げた。

 しかし突然火のドームを突き破って巨大なタネが落ちてきた。


 いち早く反応を見せたリアーネがタネを一息に両断する。


「顔の傷も塞がってるか……」


 少し見ない間にジが付けた傷も治っていた。

 なかなか厄介。


 しかし突破できないほどの破壊力があるわけでもない。


「エ、1発頼むぞ!」


「オッケー!」


「みんなで気をひくぞ」


 リアーネの大きな剣ならばトレントも切り倒せてしまいそうだけど全力に近い一撃が必要になる。

 そこまで大きな隙を見せてはくれないだろう。


 まずは植物系の魔物が弱い火属性の魔法を試す。

 トレントの葉っぱはまばらになっている。


 先ほどの葉っぱ射撃を連発されると厳しいところであるがそうそう連発も出来なさそうで安心した。

 エが魔力を高め、魔法を放つ隙を見つけるまでジたちが前に出てトレントの気をひきつける。


 エがゆっくりと杖を持ち上げる。

 この杖もジと一緒にドールハウスダンジョンをクリアしてエスタルからもらったディスタールという杖だった。


 近くにいたリンデランやウルシュナには周りの温度が高くなったような気がしていた。

 最初は大きな火の塊だった。


 しかしそれでは足りないとエは思った。

 先を尖らせてさらには貫通力を持たせるために回転も加えた。


「いっけぇー!」


 エが杖を振り下ろす。

 すると大きな火のドリルがトレントに向かって打ち出された。


 火の粉を散らしながら飛んでいく火のドリルは直撃すればトレントといえど無事にはすまない。

 けれどもトレントもただでやられるわけにはいかない。


 枝が伸びてきてグルグルと絡み合う。

 固まってまるで木の壁のようになった枝の塊をいくつも作り出す。


 エの魔法が木の壁を突き破る。

 しかし2枚、3枚と何重にも用意されある木の壁を突き破っていくうちに威力が弱まっていく。


 最後の1枚もエの魔法は突き破った。

 しかしもはやほとんど威力を殺されてしまった。


 トレントに当たった火が散って消えていく。


「そう簡単にはいかないか……」


 壁1枚や2枚ならトレントも倒しうる威力があった。

 だが何枚もの壁があるせいで威力を保ち続けられない。


 トレントは燃えてしまった枝を切り捨てて本体に延焼することを防ぐ知恵まで見せる。

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