金で買えない笑顔のために2

 盗んだ犯人は捕まえたのに盗まれたものが戻ってこない。

 返ってくると信じていたリンデランはひどくショックを受けて引きこもってしまった。


 なんとかウルシュナが部屋に入り込んで慰めるのだけど今度は布団にこもって出てこなくなったのである。

 あまりにショックが大き過ぎてリンデランは泣いて泣いてどうしようもない。


 返ってくるからと強く気を持っていたのに返ってこなかった時の向き合い方が分からないでいる。


「入るぞ」


「あっ、ほら、ジが来たよ」


「ジ君……ふぇえ……」


 部屋にジが入って来た。

 ジが来れば顔でも出すかもしれない。


 そう思って声をかけたけどリンデランはまたメソメソと泣き出してしまった。

 ウルシュナはジに向かって表情で状況を訴える。


 こりゃダメだ。


「リンデラン?」


 ウルシュナと入れ替わりでジが布団の膨らみの横に座る。


「ごめんなさい……無くしちゃいました……」


「何を謝ることがある?

 大切なのはリンデランの方さ。


 例えアーティファクトを無くしたって俺は怒りはしないよ」


 優しい声色。

 ジがそんなことで怒る人でないことはリンデランも分かっているがどうしようもなく罪悪感と悲しみを感じるのだ。


「顔は出さなくてもいいからさ、手を出してくれないか?」


「……分かりました」


 ズボッと手が布団から出てくる。

 少し涙に濡れた手。


 ジはハンカチを取り出して涙を拭いてやる。


「ん?」


 手がプニュンとした感覚に包まれた。


「なんだと思う?」


「何って……フィオスですか?」


 この感触には覚えがある。

 プニプニとして心地が良く滑らかで固めた水のような不思議な感触。


「それだけじゃないぞ」


「……どういうことですか?」


「布団の中じゃ分からないだろ?」


「分かります!」


 なんの意地なのか。

 スポッと手が引っ込む。


 光が差し込まない布団の中では視覚に頼ることはできない。

 リンデランは逆の手を伸ばして触れて確かめてみる。


 程よい弾力。

 触られて嬉しいのかプルプルと微振動している。


 いつもはひんやりとしている感じがするのに今日はなぜかちょっと暖かく感じる。

 冷たかろうが、暖かかろうがどっちにしてもフィオスである。


「やっぱりフィオスです!」


「フィオスだけどそれだけじゃないんだな」

 

「でもフィオスしか……あっ!」


 いつまで経っても布団から出てくる気配はない。

 今ならフィオスを触っていて油断しているはずだと睨んだジは一気に布団を剥ぎ取った。


「何をする……んです…………か」


 眩しいと思った。

 そんなに部屋の中が明るいものでもないが引きこもっていたリンデランにとって普通の明るさでも眩しいほどであった。


 でもすぐに目が慣れてきて見えてきた。

 手首に丸く巻き付いているフィオスの姿が見えて、やっぱりだと思ったらそのフィオスの中に別のものが見えた。


「フィオス」


 ジが呼びかけるとフィオスがシュルリンとリンデランの手首からジのところに帰る。

 白い龍のバングル。


 フィオスがいなくなった後バングルはサッと縮んでリンデランの手首にフィットする。


「こ、これって……」


「たまたま見つけてな。

 お探しのものはこれでよかっ……」


「ありがとうございます!」


 それは盗まれたはずのリンデランのバングルであるセッカランマンであった。

 細かく確かめずとも盗まれたものだとわかる。


 リンデランは感極まってジに抱きついた。

 もう返ってこないものだと思っていたのに。


 またこうして返ってきたことが嬉しくて力一杯ジに喜びを表した。


「どーやったの?」


 ウルシュナもびっくり。

 話に聞いていた限りでは見つけ出すのは難しいはずだった。


「……俺には俺のやり方ってのがあるんだよ」


 ジがまいていたタネが上手く花咲いた。

 オランゼにジが魔道具やアーティファクトを探している噂を流してもらっていた。

 

 じわじわとその話が広がっていってジのところにはいくつかの商人から商談の誘いがあった。

 その誘いに乗って商人とあって色々と物を見せてもらった。


 中には気に入って普通に買ったものもあったのだけどなかなかリンデランのセッカランマンはなかった。

 しかしこの前ようやく見つけた。


 とんでもない高値がふっかけられる可能性も覚悟していたけれど相手は薄汚い商売を常にしているためかセッカランマンの価値を一つも理解していていなかった。

  

 お手頃な価格でセッカランマンを買い戻すことに成功した。

 あの時は嬉しさで小躍りしてしまいそうな気分であった。


 最初は盗掘団が引っかかることを期待していたのだけど思わぬところで広めていた噂が役立った。


「ジ君!」


「うおっ……おう」


「ありがとう、ありがとうございます!」


 どうしても感情が昂ったリンデランはチュッとジの額にキスをした。

 興奮に任せて口にという感情も一瞬頭をよぎったけれど恥ずかしさとか理性とかが邪魔をして額にするに留めた。


 顔を赤くしながら満面の笑顔を浮かべるリンデラン。

 お金じゃ笑顔を変えないが笑顔にするためにお金が必要ならいくらでも出してやるとジは思う。


 ヘギウス家に笑顔が戻った。

 リンデランがニコニコして明るければ使用人も騎士も明るくなる。


 パージヴェルが帰ってくる前に問題が解決できてヘレンゼールもホッと一安心したのであった。

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