殴ってでも連れ戻す3
「助けて……」
「ソコ……ああ、今助けてやるよ!」
虚な目から涙が流れる。
何も映さない瞳の中に確かにソコの姿を見た気がした。
助けを求める言葉は相手を油断させるためかもしれない。
でもジにはそうは思えなかった。
あんな状態にされてなおソコは助けを求めているのだ。
ソコの心の声。
助けてやらねばならない。
ソコがナイフの切っ先をジに向ける。
だけどジは剣を抜かない。
「来いよ」
対してジは剣を抜かない。
ソコが真っ直ぐにジに向かって走り出す。
何の騙しもなく単純にジを刺そうとナイフを突き出した。
「覚えてるか知らんが……悪く思うなよ!」
遅いし狙いも適当にジの胴体を狙ったもの。
全くもって脅威にすら感じない。
容易くナイフをかわしたジはソコの顔面に拳を叩き込んだ。
小さくうめき声をあげてソコが転がっていく。
何もソコが憎くて殴ったのではない。
止めるため、そして精神支配系統の魔法は強い衝撃が加わると解けることがある。
物理的な衝撃でも解けると聞いたことがあったので思い切り殴った。
そう、あくまでもソコのためなのである。
「……ソコ?」
衝撃で目が覚めるのも確実なことではない。
倒れたまま動かないソコが今どちらの状態なのか分からなくて近寄れない。
「…………待て!」
スッと起き上がったソコは部屋の中に入ってくる時に持っていた袋を掴んで逃げ出した。
姿が薄くなり闇に溶けていく。
あっという間に見えなくなってどこにいるのか分からなくなる。
もっと熟練していたなら走りながらでもソコが隠れる不自然な魔力の流れを把握できるのだろうがジはソコの気配を感じるのにもかなり集中しなきゃならない。
暗闇広がる廊下に走り出されてはもはや魔力感知で見つけ出すのは不可能であった。
「……誰か!」
遠ざかる足音でようやく左右どちらに逃げたのか分かるぐらいで捕まえられないことは明白であった。
ーーーーー
「おっ、きたきた。
今回はどうかな?
あのゼレンティガムだ。
良いもんありそうだよな」
ゼレンティガムから程近い路地に数人の男たちがたむろっていた。
盗掘団の連中で走ってきたソコが合流する。
やや遅いと思ったけれど広い屋敷を探すには時間もかかる。
その分盗んできたものに期待もできるというものだ。
「どれどれ……」
ソコから奪い取るように袋を取った男はニタニタと笑いながら中を確認する。
「んん?
そんなに良さそうなものも……」
ソコは目利きが出来ない。
だから手当たり次第に盗んでくるように言ってある。
良い悪いが判別できない以上盗みやすいことを基準にして持ってくるので盗み出したものの品質にはばらつきがある。
けれど今回盗んできたものはパッと見てもあまり良さそうに見えなかった。
「なんだ?
大貴族様が……こんなちゃちな偽物を置いてるのか?」
男は袋の中から装飾品を取り出した。
大きめの宝石が嵌め込まれたアンクル。
暗い中で見ると宝石もついているし高価そうに見えるのだけど月の光に照らしてみると宝石は濁っていて美しさがない。
どう見ても偽物。
しかも質の悪い三流の偽物である。
おかしい、と男は思った。
「おい、どうしたんだよ?」
盗んできたものの確認は安全な場所でゆっくりと行う。
なのに男は袋をひっくり返して中身を地面にぶちまけた。
「これも……これもこれもだ!
全部ニセモンだ!」
精査しなくても簡単に分かるような安い偽物ばかりが袋の中にあった。
それどころか本物のように見えるものさえ1つもない。
「おい、クソガキ!
これは一体どういうことなんだよ!」
激昂した男がソコの胸ぐらを掴んで持ち上げる。
ソコは少しだけ苦しそうに顔を歪めただけで虚な目をして何も答えない。
「やめろよ!
そのガキは手当たり次第に持ってきただけだ。
もしかしたら泥棒対策に偽物を普段から置いてるのかもしれないだろ」
ソコのことを殺してしまいそうなほどの勢いの男を他の男たちが止める。
「んなわけねぇだろ!
天下の貴族様が普段から泥棒に怯えてるなんてことねぇんだよ!
……バレてたんだ。
ゼレンティガムを狙うってことが」
「おいおいおい……それこそそんなわけねぇだろ。
バレてるだなんてこと……」
「ヤバいな。
さっさとずらかるぞ。
このニセモンは置いていこう」
投げ捨てるようにソコから手を離した男たちは焦り出す。
何が起きているのかは分からないけれど不吉な予感がして仕方がなかった。
泥棒対策として目立つところに偽物を置いておくこともある話ではある。
しかしそれは人に見せびらかしたりする貴族がやるもので警備もしっかりしていて人に見せるつもりもないゼレンティガムのような貴族がやる対策ではない。
さらには用意する偽物だって偽物だと一見しただけでは見破れないような品質のものが多い。
パッと見て偽物だと分かるようなものを置いておいても泥棒対策にもならない。
「いけませんね。
子供をそのように手荒に扱うのは感心しません。
例え私の腹を刺した子供だとしてもです」
「えっ?」
刃に月光が煌めいた。
盗掘団の男の1人の首がはね飛ばされた。
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