みんなで海に1
人生において何が起こるかなど分からない。
何もかもから目を背けて生きて何もなし得ないこともあるし、あるいは死んだと思ってみれば若返ることもある。
例えこれまで一度も海を見たことがなかったからと言ってこれからもそうであるとは限らず、目の前に広がる海に感動することだってあり得る。
「これが海……」
「初めてですか?」
まるで子供のように目を輝かせるジにリンデランが優しく笑う。
「ああ、フィオスみたいに青いんだな」
「そりゃとーぜんでしょ!」
ズビシとウルシュナの指がジの頬に突き刺さる。
ジの目の前には海が広がっている。
まだまだ海からは距離があるのに手を伸ばせば届きそうにすら見えて呆けて馬車の窓から外を見ていた。
「うりうり、お前にも初めてのことあるんだな」
ここぞとばかりにジの頬をつつくウルシュナ。
「そりゃ初めてのことなんてたくさんあるよ。
こんな風に女の子の頬をつねることもな!」
「うにぃー!」
ジもやられっぱなしじゃない。
お返しとウルシュナの頬をつねって引っ張る。
「ふふふっ、えいっ!」
「えいっ!」
「えーいっ!」
「み、みんなして卑怯だぞ!」
リンデランが笑ってジの頬をつついて、タとケも続いて指をジの頬に押し当てる。
今何をしているかって?
ジは東にある港湾貿易都市であるボージェナルという都市に来ていた。
ジのいる国は東を海に接していてこのボージェナルは海を隔てた国々との貿易や交流の拠点となっている都市であった。
もちろんそうした都市や海というものがあるとジも知ってはいたけれど過去の人生においては国の東側と全くと言っていいほど縁がなかった。
来たことがなく、当然に海なんてものも見たことがない。
湖よりもはるかに広くどこまでも水が広がっていて、その水もただの水じゃない。
海についてはたまに聞く話で過去では興味もなく聞いていたけれど実際見てみると海の壮大さはジを感動させていた。
なぜジがボージェナルに来ることになったのか。
それは色々と事情があった。
ーーーーー
国の要請を受けて馬車を提供することになった。
作りかけの馬車も作って使うのでしばらくは納品することもできない。
メリッサや馬車を作る工房のノーヴィスなどと相談して国に納められそうな馬車を計算していた。
ノーヴィスの工房では各パーツを分担で作っている。
他の小さい工房などを吸収していきなりみんな協力してということが厳しかったので、君のところではまずこれを作ってという作業を分ける形で対応していたのが今のやり方になった。
馬車を作るのだけど今回に関しては座席や細かな装飾は必要なくて揺れが少なければ荷馬車のような箱でも構わない。
なので必要なだけ車軸や車輪部分さえちゃんとしておけば荷物の輸送に問題はないのだ。
出来ている馬車はそのまま引き渡すが途中のものはある程度未完成でもいいことになっていた。
そうすると意外と短期間で多少の数は輸送用の馬車を納品出来そうだった。
ノーヴィスは未完成品を納品することに不満はあるようだったけどむしろ国としては座席の無い箱の馬車みたいなほうが荷物が載せられてよかった。
そうした話し合いや調整、契約を終えて現在受けている予約の確認などをするためにジは商会の方にいた。
「船で荷物運んでそれを馬車で運んでくるんだもんな」
中央の貴族に馬車は広まり地方の貴族からも注文が入るようになってきた。
今は細かなオーダーメイドだけでなく、数パターンのパーツの中から好みのものを選んでもらうある程度型にはまったお安め馬車も提供しているので注文そのものは途切れていない。
自分には関係のない話だけどと思いながら輸送のルートについて考える。
王様の交渉が身を結んで海の向こうの国から食料を仕入れることに成功した。
食料が入ってくることはもちろんなのだけどジは海がどんなものかに興味を持っていた。
これまでは全く関係のない言葉だったけど今なら遊びに行くことだって出来ない話じゃないと思ったのだ。
海を知らないって言うと海を知っている人は割と喜んで海については説明してくれた。
すごいたくさんの水があって青くて綺麗。
大体そんな話だけど行けそうだと感じたら急激に海を見て見たくなった。
「お前も大概青くて綺麗だけどな」
椅子に深く腰掛けてフィオスを持ち上げる。
青くて、半透明で、窓の光にすかしてみると水の中にいるような気分になる。
フィオスの体の中を少しずつゆっくりと動くコアを眺めているといつの間にか時間が経ってしまうこともある。
ジに見つめられて嬉しいのかフィオスの喜びの感情が伝わってきて、手の中で少し震えている。
何かを考えることもなく感触が気持ちよくて挟んだ手の中で潰すようにボヨンボヨンとバウンドさせる。
「失礼します、会長。
お客様です」
「お客様?」
「はい、商会の後援もなさってくださっているフェッツ様が会長にお話があると」
ボーッとフィオスと遊んでいるとメリッサが開いていたドアを叩いて部屋を覗き込んだ。
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