騎士の誓い7

「それじゃ、俺はここで」


「まあ、待て」


 相変わらずドアの前にはジョーリオがいて、ジが出られないように立ち塞がっている。


 治療の結果はすぐには出ない。

 ユディットには分かってもらえていると思っていたのだが何か不満だったのだろうか?


「お前は寝てろ」


「僕、眠くないよ?」


「いいから、まだ体が治ったわけじゃないから大人しくしてるんだ。

 後で何か美味いもんでも用意してやるから」


「うん……分かった」


「ジ、ついてこい」


 シハラをベッドに寝かせて、ジとユディットは部屋を出る。

 再びユディットとジョーリオに挟まれて移動する。


 敵意は感じないけれど何を考えているのかは読めない。


「座るといい」


 一階。テーブルを挟んでユディットが向かい側に座り、ジに同じく座るように促す。


 ジは大人しく座る。


 ユディットはすぐに言葉を発さず無言でジを見つめる。

 敵意は感じなくとも何を考えているか分からない以上不安は拭えず、手にじっとりと汗をかく。


「ありがとう」


 ユディットが頭を下げた。


「お前だけだ。

 俺の弟を、俺を見捨てなかったのは」


 診療所ではろくな検査もされずに病気が分からないと言って追い出され、神殿で対応してくれた神官はいくぶんか丁寧だったけれど簡単な治癒魔法をかけてくれただけで終わった。

 金がない以上高位神官は見てくれず、貧民街の友は助けてもくれなかった。


 そんな時ジが現れて高いポーションをくれた。

 これで治療できると言うし出来ていなかったとしても、一時的だとしても弟の体調は良くなった。


 ポーションの中身すら偽物なのかもしれないと疑ったがポーションは本物だった。

 決して安いものではない。


 ジの真意はユディットには分からない。

 なぜいきなり現れてこんな親切を施してくれるのか全く理解できずにいる。


 けれども高級なポーションをくれたことは確かで、それは感謝すべきこと。

 だからジに頭を下げた。


「お礼はシハラが回復してからにしよう」


 まだ安心するには早い。

 この病気になる以上シハラの魔獣が一定以上の強さを持つ魔獣であることは分かっていた。


 実際目にしたシハラの魔獣はジの予想よりも強そうな魔獣であった。

 1本のポーションで足りるか全く自信がない。


「これで治らなきゃもう1本か、下手すると2本ポーションが必要になるかもしれない」


 ここは正直に打ち明ける。

 治らないじゃないかとなって詰め寄られてから説明するとウソ臭くなるので事前に伝えておく。


「分かった。


 俺もポーションの足しに出来るように金を作っておく」


「そうならないように願ってはおくけど、そうなってもお金はシハラに美味しいものでも食べさせてやれるようにとっておきなよ」


「しかし……」


「俺にもアテはあるからさ」


 もう1、2本なら神殿もポーションを出してくれる。

 どうせ請求がいくのはパージヴェルにだ。


 これぐらいで財政を圧迫する家でもないしこんなんじゃ返されきれない恩がある。


「それだけ言うなら、任せよう。


 ……しかし分からないのはジ、お前が俺に何を望むのか、見返りに何がほしいのかが分からない」


 頭を上げたユディットの射抜くような視線がジに向けられる。

 まだ成人にもなっていないはずなのにそこいらの大人でも圧倒されそうな雰囲気がユディットにはある。


 一々目つきが鋭くて怖いのである。


「正直に言いましょう。

 俺が欲しいのはあなたです、ユディット」


「俺……だと?」


 ユディットの顔が引きつる。


 唐突にこんなことを言われてもなんのことだか理解できないだろう。


「……俺は女受けも男受けもする顔をしていないし、そういった方面の興味はないが、もし弟が治るならそのときは……喜んで体を差し出そう…………」


「はぁ?」


 ユディットの顔が引きつった理由がジの想像していたものと遥かにかけ離れていた。


 少なからず異性愛以外の愛を求める性的趣向の人は存在する。

 ユディットは目つきこそ鋭いが比較的整った顔立ちをしているとジは思う。


 男性の男性に対する男受けのする顔がどんなものかはジにはちょっとわからない。

 しかしそんな方向に話が飛ぶなんて思いもしなかった。


 もしかしたらそんな誘いが過去にあったのかもしれない。


 だからといってジがユディットの体を性的目的で欲していると思われるのは意外だった。

 言うまでもなくジはそんなレベルまで求めているのではない。


 ポカンとするジの顔を見て、自分の発言が的外れだったことを察するユディット。


「……違ったか?

 俺に差し出せるものなんてそれこそこの体ぐらいなものなのだが……」


 頬を掻いて少し恥ずかしそうにする。


 ざっくりと広い範囲で言えば体目的にはなる。

 ただし何も性的なことで欲しいと言ってはいない。


「俺が欲しいのはユディットの能力、それとジョーリオの能力だ。


 そのためにあなたを雇いたい」


「俺とジョーリオを雇いたい?」


「そ、上手くいけば貧民街からも抜け出せる」


「一体何をさせるのか知らないけど雇われなくてただでも協力しよう。


 弟が治ったらな」


 問題だった人材の確保はひとまず出来そうであった。

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