騎士の誓い5

 ユディットの力が緩む。


「シハラが死んでもいいのか?」


 シハラとはユディットの弟の名前である。

 ユディットの瞳が揺れる。


「話ぐらい聞く時間はあるだろう? 立ち話も何だし中に入れてくれないか?」


「……分かった」


 玄関先で済ませても構わないが本題はシハラの病気のことではない。


「…………ジョーリオ」


「これは……なんのマネ?」


 部屋に入ったジの後ろ、玄関を塞ぐようにユディットの魔獣が現れた。

 ユディットが呼び出したのだ。


 ジョウオウマダラという大型の蜘蛛。

 凶悪な見た目をしていて、見た目通りの強さを誇る森の捕食者。


 嫌悪感を感じる見た目の魔獣だが同時に強力な魔獣でもある。

 当然エやラと同じく誘いはあったろうにユディットは断っていた。


 その時はまだシハラは元気なはずなので弟が理由ではない。


 ジは後ろを確認する。

 立ちはだかるジョーリオを突破して家を出ていくのは容易なことではないだろう。


「もしくだらない冗談で俺の時間を無駄にしたら、この家から出て行くことはないと思え」


「言葉を返すがもし本当に救う手段を俺が知っているとしたらこの扱いはどーよ?」


 ユディットが追い詰められるほどシハラの状態が良くないことはわかっている。

 怒りはしないが良い気分ではない。


「……そうなったら謝罪する」


「まっ、覚えとけよ。


 とりあえずシハラの状態見せてもらえるか?」


 見なくても治療可能だが治療っぽさはユディットを安心させるためにも必要である。


「こっちだ」


 ユディットとシハラの住む家は比較的状態が良くてマトモな家である。

 ユディットに付いて2階に上がり奥の部屋に入るとシハラがベッドに寝ていた。


 開け放たれたドアからジョーリオがゆっくりと付いてきているのが見えた。

 中々ホラーな光景である。


 しかし一々ビビってもいられないのでユディットの許可を取ってシハラに近づく。

 顔色が悪く、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。


 ジたちが入ってきたことにも気づいていないだろう。


 医者の真似事をする。

 手をとって脈を見たり体に触れてみたりする。


 ユディットは辛そうな弟が見ていられなくてジの様子をちゃんとは見ていない。


「うん、やはりな」


 分かっているけど意味ありげにうなずいてみせる。


「何か分かったのか!」


 ものの見事に釣られたユディットがジに詰め寄る。

 掴まれた肩に指が食い込んで痛い。


「まあ待て」


「病名だけでもいい……教えてくれ」


 すがるような目でユディットがジを見る。

 もう少し悪い奴になりきれたら本題から入るのだがジとしても苦しむ2人を放ってはおけない。


「これは魔力誘引症候群だ」


「ま……えっ?」


 聞き慣れない単語に一回じゃしっかりとなんだったのか聞き取れない。


 確かこんな名前の病気だったはずだけどもしかしたらちょっと違うかもしれない。


「大切なのは病名じゃないだろ、治せるかどうかだ」


「しかしそんな聞いたこともない病気……無料の診療所では病名すら分からないと言われたし」


「治せる」


「…………」


「さっきも言ったが治せると言ったんだ」


 この時期に少し出始め、もっと先の戦争の時に度々見られるようになった病気。

 今の時期にこの病気になったのは一部の平民、貧民など。


 けれどもこの病気は新種の病気ではない。

 昔から存在している病気であり、原因不明、治療法不明で少しずつ体が弱っていく謎の病気で下手するとまだ病名は存在してない可能性もある。


 対処法としてはポーションや神官の治療で一時的に回復するのでそうして延命は可能で、乗り越えたものも過去にはいる。

 どちらも安いものではないので平民でも延命は厳しい病気になる。


 しかし、この病気も不治の病などではなかった。


 ほとんど子供がかかるこの病気は戦争時に大人も発症し始める者がいる。

 この病気で家族を亡くしてずっと研究を続けていた者がいてその事実に気づいた。


 さらに研究を重ねてとうとうこの病気の真相を解明した。

 誰もが驚く思いもよらない原因。

 それは魔獣によって引き起こされていたのである。


 魔獣が人に害をなそうとしてやっているわけではない。

 魔獣契約する魔獣は呼び出されるまでそれぞれに魔獣の生活がある。


 何をしているかは魔獣しか知り得ず、例えば何かと戦っているようなこともある。


 ならば戦っている魔獣は呼び出されても怪我をしてボロボロになった状態で召喚されるのか。

 いや、魔獣は大体綺麗でコンディションの良い状態で呼び出される。


 それは魔獣契約魔法の効果なのだろうが、それが落とし穴なのである。


 古くて治らないような傷以外の傷は召喚される時に強制的に治される。

 魔獣と召喚者の魔力を使って。


 これが曲者で魔力の前借りのようなもので重症であればあるほど魔力は多く取られ、もちろん戦っていた魔獣は魔力も少ないのに魔力を取られれば魔力不足に陥る。


 そうなると魔力の逆流現象が起きて本来魔力をもらえるはずの契約者が逆に魔力を取られてしまうことになる。


 魔獣の魔力は多く、人の魔力は少ない。

 逆に流れていけば人が弱っていくのも当然のことである。


 人の微々たる魔力では魔獣は回復し切らず魔獣が回復するか、契約者が死ぬまで魔力の逆流が続くのである。

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