2回目の出会い3
最弱の魔物議論には様々な意見がある。
戦闘力に難があるシルクバードのような下位鳥種や小さい蟲種を上げる人もいる。
ゴブリンやスライムといった魔物もその中に名前が上がってくる。
この議論に結論はない。
長い間いろいろな人が本気で、あるいは遊び半分で話し合ってきたものの万人が納得する1つの結論に落ち着かない。
条件などどこを考慮するかによって議論の論点や決着が変わってくる。
それでも有力候補というものは存在する。
まず最弱の魔獣議論はどうか。
強さや与えてくれる魔力に加えて魔獣そのものの利用可能性もこの議論には要素となる。
鳥種はどうか。確かに戦闘力は弱く与えてくれる魔力も弱いものが多い。
しかし運搬や偵察の仕事はこなせるし見た目を好ましく思う者も多い。
蟲種はどうか。
羽虫や地を這う虫など戦闘にも仕事にも期待は置けない。見た目も嫌う者が多い。
しかし蟲種には他の種にはない進化可能性と特殊な能力がある。
ゴブリンはどうか。
魔物としての最弱論にも異論は多い。
力は弱く魔力も弱いことは誰しもが知っているし初心者が討伐しにいく魔物としても有名だ。
しかしゴブリンには油断ならない知恵がある。
スライムはどうか。
最弱の呼び声も高い。
力や魔力が弱いことは言うまでもなく鳥種のような能力も蟲種のような将来性もゴブリンのような知恵もない。
そもそも生態はよく分かっておらず半透明の部分に関しては攻撃は通じない。
けれど弱点は透けて見えている核であり動きは鈍く人に敵対することもないスライムを倒すことは簡単である。
最大の問題はスライムには知能がないと言われていることにある。
他の種には知能があり関係が深まるにつれ与えられる魔力が多くなる。
知能がなくてもある程度の指示には従うが自分で考えて動くことや複雑な命令はこなせない。
では、知能のない魔獣とどうすれば関係を深めるのか。
否、不可能であるとされている。
力も弱く魔力も弱い、特殊な能力もなく知能もなく複雑な命令もこなせない。
生態もわからず弱点は丸見えで見た目も嫌悪感を抱く人は少なくても不思議なフォルムで不気味だと思う人もいる。
総じて最弱。それが魔獣としてのスライムの評価。
ほとんど決まりじゃないか、なんて声もありそうだが何ができて何ができないのか分からないしスライムを魔獣にした人はそのことをひた隠しにするのか情報もなく忘れられがちで議論にのらないこともある。
しかし不思議な生態を持つスライムは他の魔物と敵対することはなく、どんな環境でも生きていけるとされていて生存力に関してはずば抜けているとも言われている。
実際どうなのかは誰も知りえないことであるが一様に人が抱くスライムのイメージは良いものでないのは確かだ。
その場にいる誰もがジケの涙を憐れんだ。
人生で一度あるかないかの大きなチャンス。
貧民街から抜け出す希望が潰えた、そう思って。
魔法陣の強い光に警戒した槍を下ろした兵士がジを魔法陣から離れたところに誘導する。
スライムを抱えて部屋の隅に連れていかれた光景にラウですら親友にかける言葉が見つからない。
魔法陣を離れたジケは隅でスライムを抱えたまま泣き続けた。
それが喜びの涙であることは1人も知るわけがない。
誰しもがジケを絶望のさなかにいるのだと信じて疑わない。
「すまなかったな、分かってやれず。今度は同じ過ちは繰り返さないから」
兵士が離れていったので気兼ねなくジケは1人、スライムに話しかけていた。
過去スライムが召喚された時ジケは事実を受け入れられなくてスライムを拒絶した。
今はそんなつもりは毛頭ない。
それどころか感謝もしているぐらいだ。
「こんな私の元にまた来てくれてありがとう」
ギュッとスライムを抱きしめると腕の形にスライムが歪む。
抵抗も逃げ出すこともせずただひたすらにスライムは腕の中に居続ける。
「名前はまたフィオスでいいかい? 貧民街にも施しをくれる女神アルフィオシェント様から取った名前だ」
スライム――フィオスの表面が揺れる。
同時にそれが喜びだとジケに伝わる。
もうすでにリンクが強くなっている。
同じスライムとは限らない。そんな考えも一瞬頭をよぎるけれど流れを見ていると記憶と変わっていないし同じスライムだとジケには分かった。
「そうか……そうか、嬉しいか」
治まりかけたのに再び涙が堪えきれずに流れ出す。
嫉妬と後悔と反省が多く余裕が無くて他人に誇れる人生ではなかった。
嫉妬も後悔もしない人生なんて恐らく不可能だろう。
それでも出来るだけ後悔しないような選択をし、嫉妬をしないように自分の持っているものを見つめ直して生きていこう。
フィオスとならそれができる。
やってみせる。
「ジケ……」
実際にはスライムを抱きしめて感涙しているのだがラウには隅で丸くなって自分を押し殺して泣いているように見えた。
自分の魔獣を見る。
複雑な感情が伝わっているのかサンダーライトタイガーも目だけはジッとラウを見返している。
変に自慢をした自分を悔いる。
どんな言葉をかけても嫌味にしかならない。
賢く日々が苦しくても明るく振る舞ってきたジケの涙をラウは初めて見た。
いつもラウが泣いた時にはジケは側にいてくれたが今はこんな自分が側にいていいのか分からない。
「おーい、ラウ! なんだ先にやってたの!」
もうそろそろ全員が契約を終えるタイミングで追加の子供達が入ってきた。
貧民街は思いの外広いし兵士が呼んでくるように言っただけで全ての子供が一回で集まるべくもない。
貧民街の区画も分けて何回か連れてくる予定だった。
役人は相変わらずここにいる。
最初の一回しか働く気はないようだ。
ラウやジケが集められた呼び出しの次に呼び出された子供達が連れてこられたのだ。
ジケに声をかけられず立ちすくんでいたラウを見つけて声をかけた女の子がいた。
燃えるような赤い髪が特徴的で汚れてはいるけれどちゃんとすれば綺麗な顔立ちをしていることが一目でわかる。
ラウとジケが仲良くしているエニだった。
小鹿のようにラウのところまで跳ねてきて、すんでのところでラウの契約したサンダーライトタイガーに気づく。
「えっ、それってまさか……」
「あ、ああ……」
「凄いじゃん! さっすがラだね、これがなんか分かんないけどとにかく強そうじゃん!」
逆に流石なのはお前だとラウは思わずにはいられない。
エニは皆が避けているサンダーライトタイガーに近づくや腹を撫で始めた。
ラウも周りもあっけに取られサンダーライトタイガーも一瞬怪訝そうな顔はしたのだが、エニは痺れることもなくサンダーライトタイガーの毛皮を堪能した。
ひとしきり撫で回されたサンダーライトタイガーがプライドを捨ててノドを鳴らしそうになった時、エニは何かを思い出してキョロキョロと周りを見回す。
「そういや、ジケは? どうせあんたたちのことだから一緒に来たんでしょ?」
「ジケは……あっち」
「あっち? ……ジケ、どうしたの!」
教えるべきか一瞬迷ったがラはジケのいる方を指さした。
ラウの指差す方でジケは相変わらずうずくまっていた。
何かあったのかとエニは慌ててジケに駆け寄る。
懐かしい声が聞こえてジケも振り返る。
赤髪を揺らして駆けてくる少女は記憶よりもかなり若い。
ジケの泣き腫らした目はもう真っ赤になっていてエニは驚く。
事情を知らないエニには隅でいじけているように見えたがまさか泣いているとは思わなかった。
サンダーライトタイガーよりも泣いているジケの姿に強く衝撃を受けた。
「エリンス……いや、エニか? あぁ……!」
「大丈夫、ジケ? どうしたの? えっ、ちょっと……ほんとにどうしたの……」
一度泣いてしまうと落ち着くまでは脆いものだ。
エニを見てまた泣き出したジケは感極まってエニを抱きしめた。
ジケにとっては再会の抱擁なのだがエニにとっては昨日もあった仲なのだ。
少し痛いほどに抱きしめられてエニは顔を赤くする。
両手をパタパタとしながら抱きしめ返して慰めるか迷ったけれど、恥ずかしさでそうもできず大人しく抱きしめられることにした。
隅で起きた出来事、みな召喚に夢中で見ている人はいなかった。ラウ以外には。
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