第83話 える、俺の気持ちを受け取ってくれ

83話 える、俺の気持ちを受け取ってくれ



「周りに、誰もいませんね……。私たち二人っきりです」


「……」


 出口に到達する前の、最後の水槽コーナー。


 ここは″夜″をテーマとした熱帯魚などが多く、紫色の薄暗い照明が続く。


 俺がえるへの告白場所として選んだのは、ここだった。


(覚悟を決めろ。言う時が、来たんだ)


 七時半。あと五秒で訪れるその刻と共に、ここはガラリと模様が変わる。


 周りには本当に誰もおらず、俺はこのほんの少しの時間だけこの広大な場所で二人きり。告白をするには最高の場所とシチュエーションを手に入れた。


 あとは、俺がほんの少し。勇気を出して心を言葉にするだけだ。


「える、俺……お前に言いたいことがあるんだ」


「え? うわっ────!?」


 水槽に目をやるえるを呼び止めたその瞬間。周りが一度ブラックアウトし、数秒の時を経て。先程まで薄暗い紫に照らされていた空間が、深い青と緑によって包まれる。


 これは、海をモチーフとしたライトアップ。夏の期間限定で夜の七時半を迎えたその瞬間。ここは幻想的な海洋空間に照らされ、薄暗いスポットから″本当の闇の中で″明るいライトがポツポツとつく、暗闇と幻想の狭間へと。切り替わった。


「凄い……綺麗、です」


「ああ。この綺麗な場所で、伝えようと思ってたんだ。聞いてくれるか? 俺の気持ち……」


「先輩の、気持ち……?」


 ゆっくりと、大きく息を吸って。バクンバクンと高鳴りながら身体を揺らす心臓を、落ち着かせる。


 心の中にずっとあった言葉を、ただ口にするだけ。たったそれだけのことだ。


 大好きだった。初めて会った時、可愛い子が引っ越してきたと思った。

  

 初めて言葉を交わしたのは、学校に行こうと家を出た時。同じ高校の制服に身を纏った彼女を見て、嬉しくなった。軽い挨拶をしてから、道があやふやだという彼女を学校まで送る間、他愛のない雑談をして。


 たったそれだけで、俺は彼女に惹かれた。よく笑うえるの明るい表情と、その真っ直ぐで綺麗な瞳に。


 好きを自覚してからも、えるとの交流は減らなかった。少し気恥ずかしいと思いつつも、どうやら俺に懐いたらしい彼女と一緒に投稿するようになって。連絡先を交換してからは、授業中にもこっそりやり取りをした。


 たまに、えるは俺に泣きついてくることがあった。友達と喧嘩したとか、もっと些細なことでも。それで彼女は心が弱いことを知った。どこか面倒臭いところがあるということも。


 でも、俺の中の好きは加速していく一方で。やがて何をしている時でもえるのことを考えるようになったし、えると何をしていても楽しく思えた。


 えるは俺のことをどう思っているのだろう。きっとそれはえる本人にしか分からないことで、俺なんかがどれだけ考えてもハッキリとした百パーセントの答えは出ない。


 だからこの告白は、成功する可能性が決して高いとは断言できなかった。だけど……もう、俺はえるに対する好きを抑えられない。


 自分勝手かもしれないけれど、今以上の関係を望んでしまった。それだけで、告白をする理由には事足りる。


 好きだ。大好きだ。


「俺は、お前のことが────」


 お前のことが。その後に続くたった三文字。それを口にしようとした、その瞬間。


『ごめんね。夏斗くんのこと、そういう目で見たことないんだ。ただの友達じゃダメ……かな?』


 ズキンッ、と。初恋の毒芽が根を伸ばし、俺の心臓を押し潰した。


(なんで、今……)


 それは、俺がこの後えるから浴びせられるかもしれない言葉を孕んだ、過去のトラウマ。


 俺の人生の中で、一世一代のイベントだった。あの修学旅行は。俺の初恋相手への告白は。


 でも、成功はしなかった。相手は自分のことなど、一人の男としては全く見ていなかった。えるも同じことを考えていても、なんら不思議では────


(違う。これは……逃げてるだけだ)


 トラウマ? 違う。俺はこの期に及んでまだ、言い訳をしようとしているんだ。


 勝負する前から、負けた時の心の慰め方を考えてる。少しでも傷が浅く済むようにとビビりあがって、一歩踏み込むことを恐れている。


 ダサいな、俺。


(もう充分、悩んだだろ。考えただろ。その上で俺は、例ええると今のような関係でいる資格を失ったとしても、先に進みたいって。そう、思ったんだろ)


 なら、立ち止まるな。たとえ失敗したとしても。


「好きだ。俺と、付き合ってほしい」



 えるの瞳を真っ直ぐに見つめて。告げた。

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