第44話 先輩、私だけを見てください2
44話 先輩、私だけを見てください2
何故そんなことを言ってしまったのか、自分でも分からなかった。
本当は好きな人の悩みは親身になって、一緒に考えたい。乗り越えるために力を貸したい。
でも……その気持ちを、自分以外の誰かのために悩んでいる彼の姿をこれ以上見たくないという気持ちが、押し潰した。
自分勝手だ。
「える? なんで、泣いてるんだよ……」
「ごめん、なさい」
怖い。先輩を取られたくない。
たったの三ヶ月しか関係を積み上げる期間はなかったけれど。それでもこの好きは、誰にも負けないと誓える。
でもそれは、自分の一方的なものでしかない。相手がどうかなんて、分からない。
だから膨れ上がる。本当はあの人のことが好きなんじゃないか。自分なんかじゃ勝ち目なんて、ないんじゃないか。そんな一抹の不安が。
膨れ上がって、溢れ出して。また迷惑をかける。
「先輩が私から離れちゃうかもしれないって思ったら、止まらなくなって。もし柚木先輩が先輩のことを好きだったら……私なんかが、勝てるわけない。だから、これ以上仲良くならないで欲しいって……」
「える……」
夏斗は、そっとえるを抱き寄せた。
紗奈が自分に向けている気持ち。それがどういったものかはまだ分からないけれど。例えそれが本当に″好き″だったとしても、自分の中の一番が変わることはきっと無いのだろう。そのことに確信を持っているからこそ、その相手に話していいことではなかった。
「大丈夫だ。俺は絶対、えるから離れたらなんかしない」
「本当、ですか……?」
「当たり前だろ。ごめんな、なんか変な心配かけた。える以外の誰とも仲良くしないっていうのはできないけど……でも、これだけは言えるよ」
たった二文字。えるにこの思いをぶつけられたら。今、この瞬間にぶつかることができたら……関係は、良い方に変わったかもしれない。
だけど喉元まで出かかったその言葉は、あと少しのところで出てきてくれない。つっかかって、代わりの言葉が迫り上がってくる。
「俺はえるのことを……一番、見てる」
えるの自分に対する気持ちにも、薄らと答えは出ているのに。ほんの数パーセントの不安が、言葉を濁してしまう。
でも、それでも。そんな言葉だとしても、えるは泣き止んで。嬉しそうに……笑ってくれた。
「えへへ、私が……一番……」
一番、という言葉の重みを、えるは噛み締めていた。
中途半端な、萎え切らない文字の羅列。例えそれが想いを決定づけるようなものではなく、ただ励ますためだけのものだったとしても。そこに嘘がないと感じ取れただけで、嬉しかったのだ。
「ったく、恥ずかしいこと言わせないでくれ」
「私は恥ずかしいどころか、とっても嬉しかったですよ? 先輩が、私を一番に見てくれるって言ってくれて」
「……やっぱり今の、忘れてくれないか?」
「絶対に嫌ですっ。何があっても、忘れてなんかあげないんですから」
「ぐぬぬ……」
「さぁて、勉強頑張りますよ! 先輩も、いつまでも顔を赤くしてないでシャーペン持ってください!」
「おまっ!? クソ、なんかしてやられた気がする……」
にししっ、と小悪魔的に笑うえるの横顔に、そう呟きつつも。どこかもうさっきまでの心の重さは無くなっていて、身体もスッと軽い。
それは好きな人の笑顔を見れたからか。結局紗奈との名前呼びの件は何一つ解決していないというのに、それ以上に″好きな人が自分を見て欲しいと嫉妬してくれた″からか。言葉を濁しながらも告げた想いを、拒絶されなかったからか。
(俺はやっぱり、えるのことが好きだ。それさえ揺るがなければ……問題なんて何一つない、か)
「だーもう! 勉強だ勉強! やってやるよ! 今日の範囲のその先まで!!」
深く考えるのはよそう。結局は何もかもが妄想と推測で膨れただけの、確定していない事柄に過ぎないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます