犯人たちの鎮魂歌

@luckyclover

第1話 名も無き犯罪者

 私の名前は犯田罪実。経緯はとりあえず割愛するが、今日こそ復讐を果たす。積年の恨みをぶつけ、あの被野害弥を殺してみせる。

 トリックは念入りに考えた。この日のために準備も重ねた。青酸カリも手に入れたしクロロホルムも手に入れた。思っていた入手難易度の100倍くらい大変だった。

 だがもうすぐこの苦労も報われる。奴を。被野を殺せば全てが終わる。バレるわけがない。よほど名探偵でも現れない限りはな。

 なのに

「ご存知、私があの名探偵の明智小次郎です」

 いるのかよ! 探偵いるのかよ! どうして今日に限って。今日という日に限って。私が殺人を犯そうという日に限って。

 それにしてもこのタイミングの悪さよ。今日を逃したらトリックを実行できないのに。というより手配済みの仕掛けがあるから、それが見つかってしまうと殺害計画があることがバレてしまう。殺人準備の罪で逮捕されてしまう。何があっても今日実行しなければならない。フレキシブルじゃあないのだよ私のトリック。柔軟性に欠けるトリックを選んでしまった私が憎い。

 だから私は実行した。よりにもよって名探偵のいる日に。名探偵とひとつ屋根の下で。被野をサクッと殺害。密室を作り上げる仕掛けを発動。アリバイ工作のために急いで移動。

 1秒の余裕もない。あれだけリハーサルしたのに本番の緊張感で全然違う。そもそも仕掛けが複雑。よくこれ一発で成功したな私。人の死体も思っていたより重い。全てが想定外。

 でもやりきった。あとは何食わぬ顔で皆のところに戻って、死体が発見されたらみんなと一緒に驚くだけ。まるで自分も被野が殺されたことが悲しくてたまらないように。

「キャアァァ被野さん! なんてこと。早く警察を呼ばないと」

 完璧じゃないか。私という素人のお口からスラスラと言葉が出てきた。まるで役者。私にこんな演技力があったなんて。自分の才能が怖い。

 でもここからが怖いところ。私が今から最も警戒すべきは名探偵の明智小次郎。この人の推理力次第で私の明日が決まる。

 だけどそんな心配も裏腹に明智小次郎は一発で「これは強盗の仕業だな」と外部犯判定。ポンコツだぁ♪ ありがとう頼りにならない前評判。所詮は探偵なんて興信所の所員。

「あれれ~おかしいぞ~」

 その時、殺害現場に小さな子供の声が響き渡った。それは明智小次郎の連れの子、アーサーくん。なんでこの子、死体のそばで平然としているの? なんで事件現場に子供? 教育に悪いという以前のレベル。放置子の最終進化形態。

 これには当然大人である明智小次郎も「コイツまた」と顔に青筋立てて怒り心頭。アーサーくんの襟を乱暴に掴むと大人の怪力任せに吊り上げた。え? 前評判・・・え?

 明智小次郎。人呼んで眠りの小次郎。だから私はてっきり眠ったように穏やかな性格なのだと思い込んでいた。違った。めっちゃ子供に対して乱暴だ。眠りの気配無いなぁ。

 だけどアーサーくんも慣れた様子で明智小次郎にお構いなしに「だってぇ。変なんだもん。ここ見てよ」と甘い声で指さした。どうやら部屋の中のあるモノに傷がついていることが変で気になっているらしい。どれどれ?

「ひょっとするとこれは他殺。つまり犯人はこの中にいることになりますなぁ」

 まさかの方針転換。この傷一つがきっかけで他殺説発生。そうなんだけど。私だけ最初から知ってたけど。けども。うわぁ、想定外。アーサーくんの何気ない一言から大どんでん返し発生。

 しかも明智小次郎、この他殺説から急に推理を乱れ咲かせ始めた。

「ずばり犯人は奥さん、アナタです」

 何か急に無関係の人が疑われ始めた。私だけが知っている。犯人は奥さんじゃない。でも私まさかこんなことになるなんて想定外だから奥さんを庇うことができない。どうしよう。

 なんて私がパニックになっている間にも展開する明智小次郎の迷推理。マズい。非常にマズい。私だけが知っている決定的証拠。その証拠はこの部屋に無い。だけどそんなことに気付かない明智小次郎はこの部屋から全く出ないで推理するもんだから。

 とは言っても所詮は間違った推理。警察が本格的に捜査をしてくれれば奥さんの無実が証明されるハズ。だから奥さんが逮捕された後でいいから、あの証拠を隠滅しに行けばいい。一瞬焦ったけれど、何はともあれ一安心。

「ふにゃっ。ほへっ」

 なんか急に明智小次郎が変な声を出し始めて、近くにあった椅子に座りこんだ。何してるのこの人。

「分かったんですよ、この事件の真犯人が。犯人は犯田罪実さん、アンタだ!」

 え? ええええええええええええええ?

 唐突。唐突に明智小次郎が私を疑い始めた。いやいや何を根拠に。私、ずっと貴方のことを警戒して見ていたけれど、そんな素振り一切無かったじゃないか。

それなのに咲き乱れる明智小次郎の名推理の数々。

「ではその方法を今からお見せしましょう。おい、アーサー!」

「は~い」

 推理がトリックに差し掛かったところで、明智小次郎の命令にアーサーくんが元気よく答えた。いやまさかアーサーくんに再現させるつもりじゃないよね? あのトリックやらせてもらった身だから分かるけど、あれマジ難しいよ? 一発成功なんてできるわけがない。

「これでいいよねオジサン」

 まさかの一発成功。え、アーサーくんの手先の器用さ半端ない。このテクニシャン具合は将来有望マジシャンか、そうじゃなきゃ犯罪者予備軍。私の才能より怖っ。

 そしてその後も晒され続ける私のトリックの粗。辱めの数々。


 こうして謎は全て解かれた。




 だがこの時の私は知らなかった。全てを知らなかった。

明智小次郎の裏に隠れ、私の視界に入らない所でウロチョロしていた真の探偵の存在を。

 そして私と同じような境遇に立たされた犯人たちが数多いることを。

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