第25話 旅立ち

「本当に行くのか? 集落の住人はルーメンのことを受け入れているし、俺も居てくれると助かる」


 どこで聞きつけたのか。一条院がわざわざ部屋にやって来て、寝起きの俺にそう言った。


 ベッドから起き上がり、眠たい目を擦って見ると、いつになく真剣な表情だ。


「もう一ヶ月近く世話になっているからな」


「まだ、一ヶ月だ。一年ぐらい居着くやつもザラにいる」


「そんなに長逗留出来るかよ。俺は今も昔も根無し草だ」


 一条院は部屋に踏込み、頭を掻く。


「ちっ。……正直に言う。ルーメンがこの集落に居てくれるだけで、俺は安心して狩猟や漁に出ることが出来る。能力者が居ると成果が段違いなんだよ。頼む! もう少しだけ、この集落に居てくれないか!?」


「やめてくれ。集落のボスが俺みたいなモノに頭を下げるな」


 って、カメラ切るの忘れて寝てたな。これ、配信されてるぞ。


「この通りだっ!」


 一条院が更に深く頭を下げた。いやこれ、不味くないか? 俺は恐る恐るスマホを取り出してコメント欄をチェックする。


 コメント:何この展開!?!?!?

 コメント:一条院がルーメンの部屋にきてお願い?

 コメント:へええ。なんのお願いかなぁ……

 コメント:ウホッ! いい男!!

 コメント:ルーメン、男心は分かるのか……

 コメント:えっ、このまま配信するの?


 これはよくない! とんでもない方向に行ってしまっているぞ!!


「断る!!」


「そこをなんとか!!」


 一条院がグッと近寄って来た。


 コメント:いやああぁぁ! 一条院んんんんー!!

 コメント:ぐいぐいくるなぁ

 コメント:接続数の上がり方がエグいwww

 コメント:ルーメンさん、そうだったの……

 コメント:ちょ、これ以上はBANあり得るぞ

 コメント:アッー!!


「くどい! 俺は配信者だぞ! 常に新しい絵が必要なんだ!!」


「……」


「諦めろ」


「……すまなかった。忘れてくれ」


 一条院は踵を返し、静かに部屋から出て行った。少しだけ罪悪感を覚えたが、仕方ない。俺に、ここに留まるという選択肢はないのだから。


「……早々に出発しよう」


 誰にきかせるわけでもなく、自分の意思を固めるための独り言。これ以上居たら、馴れ合っちまう。そんな退屈な日々を視聴者に見せるわけにはいかない。


 さあ、出発の準備だ。



#



 二十一時にもなると大井町集落はすっかり寝静まっている。俺はリュックに詰め込めるだけ荷物を詰め、ハイオークのハンマーを手にして外に出た。一部の見張りを除いて音を立てる者はいない。


 久しぶりにナイトビジョンを取り出して周囲を確認する。物見櫓の上で見張りが欠伸をしていた。正面から出て行ってもいいが、確実に見つかるな。面倒はごめんだ。


 しかし、フナムシの天日干しを切らしているのが痛い。バフをキメれば、ひとっ飛びだったのに……。


 俺は結局、世奈に教えてもらったバリケードの抜け穴──子供達の間で知られている──を目指すことにした。大人が通るにはギリギリだが、無理をすればなんとかなる。


 足を忍ばせながら、夜の集落を歩く。何か悪いことをしている気分だ。


 かつてパドックのあった所の裏に、その抜け穴はある。


 瓦礫がうずたかくある所の一部、廃タイヤを退かすとぽっかりと向こう側が見えた。


「……さらば。大井町集落」


 ──ジャリ。 砂を踏む音がする。


「待って!」


 ……暗闇の中から声がした。月の光が声の主を照らす。


 世奈だ。


「夜遊びは感心せんな」


「違います! ……ルーメンさんがいなくなるって聞いて」


「一条院から聞いたのか?」


「……はい」

 

 次の言葉は続かない。


「もう行く」


「あのっ! また戻って来てくれますか?」


「……生きていたらな」


「ルーメンさんは死なないタイプです! だから戻ってくるってことですね! 了解です!!」


「勝手なことを……」


「あと、これ。みんなからの餞別です!」


 世奈は後ろ手に持っていた大きな麻袋を差し出す。何やら、ぎっしり詰まっている。


「有り難く頂戴する。……じゃーな」


「はいっ! いってらっしゃい」



 身体を縮めてようやっと穴を抜けた。


 リュックに麻袋、ハイオークのハンマー。随分と大荷物になってしまったな。


 少しして麻袋を開けると、魔物化した虫がこれでもかと詰まっていた。……よく分かっている。


 俺は振り返ることなく歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る