第12話 実食

 すっかりバフは切れてしまい、俺はただのルーメンだ。


 しかし、俺の周りには向かってくるものはいない。夥しい数のスズメバチは沈黙し、地面に堕ちている。なんならこんがり焼けて旨そうまである。昆虫食オフをやったら、大盛り上がりするシチュエーションだ。


 食べ物を踏むわけにはいかないので、細心の注意で歩き始める。目的はもちろん、スズメバチの巣だ。


 しばらく歩くと小腹が空いたので、ちょうどいい焼け具合のを齧る。美味い。絶品だ。超高温で一気に焼いたのがよかったらしい。


 森に入ると、生き物の気配はない。それはそうだ。千匹を超えるような巨大なスズメバチが巣を構えていたのだ。手頃な標的は食い尽くされてしまっているのだろう。この周辺の生態系のピラミッドの頂点はきっとスズメバチだったのだ。今日までは……。


 俺が投げた岩は小隕石のように地面を抉っていた。そして、その先では大木が何本もの木を巻き込んで倒れていた。スズメバチの巣と一緒に。


 わずかに残った働き蜂が俺を見つけて飛んでくるが、ナイフで突くとあっさりと落ちる。我ながら随分と成長したものだ。環境は人を変える。そして蜂の巣も人を変える。


「うおおおおおー!! こんなデカい蜂の巣、見たことないぞ!! めちゃくちゃ興奮してきたぁぁぁ!!」

 

 コメント:で、でけえええー!!

 コメント:うわわわわわわ! きもいきもいきもいいい!!

 コメント:割るなよ! 絶対に蜂の巣を割るなよ!

 コメント:直径5メーターぐらいありそう。

 コメント:ハチノコ、どんだけ入ってるんだよ……

 コメント:女王蜂、どこ?


 そういえば確かに女王蜂が見当たらないないな。巣の中にいるのか? 大木を取り込むようなかたちで造られたスズメバチの巣は歪で、どこか淫靡な雰囲気がある。


 コメント:いややややー!!ハチノコがいっぱいいるよよ

 コメント:ギッチシじゃん!

 コメント:モザイク、早く!!

 コメント:うわわわ。動いてるやついる。

 コメント:めちゃくちゃ旨そう!

 コメント:これは食いであるわ


 そう! 食いでがある! 現代ではこんなにデカいハチノコなんて有り得なかった!! しかし、見ろ。十センチを超えるハチノコが目の前に並んでいる……。あぁ、旨そうだ。手を伸ばすと──。


 ブウウウウンンンン!!


「やっとお出ましか! 女王様よ! しかし……」


 ──グシャ。


「ふん。フラフラじゃないか。まぁ、こんなに立派な巣の女王蜂なんてのは、もう余命幾許も残っていなかっただろうからな」


 サバイバルナイフで胸部を刺された女王蜂は太い脚を震わせる。


「そこで我が子が食われるとこでも見ているんだな」


 ナイフを振ると、女王蜂は地面に転がり力なくもがく。


「さて、やっとハチノコにありつける」


 俺はカメラを設置して食事シーンを配信した。地面に転がる女王蜂とそれを見下ろしながらハチノコを生でいただく、俺。そのバックには巨大な蜂の巣。

 ほんのり甘く濃厚で、それでいて後味はすっきり。幾らでも食べられる。俺は無心でハチノコに手を伸ばし続けた。


 コメント:ひ、ひどい!

 コメント:蜂が何をしたって言うのだ!

 コメント:なんて鬼畜!!

 コメント:これぞルーメンよ!!

 コメント:いよっ!畜生道!!

 コメント:あれ、なんかルーメンおかしくない?

 コメント:ちょ、それは駄目だろ!

 コメント:やだ……もう、ルーメンたら

 コメント:あっ……

 コメント:アーッ!!


 いかん!! これがハチノコのバフだというのか!? 熱くなった股間が恥じらいもなく膨れ上がる。なんて即効性のあるバフなんだ……。恐ろしい。


 俺は中腰になりながらカメラを回収して配信を終わり、ハチノコを入るだけタモ網に入れた。


 さて、この島ではもうやることはないな。あとは東京に向けて脱出するだけだ。

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