第10話 命を賭して

 俺が落として怒りを買ったスズメバチの巣には、少なく見積もっても約五百匹の成虫がいたと思われる。俺がハチノコに辿り着くにはそいつらを掻い潜らなければならない。


 海岸に出てフナムシを食べれば筋力を大幅にアップすることは出来る。しかし、圧倒的な数の差はそれだけでは埋められない。何体かを相手しているうちに背後から集られ、毒針を打たれて終わるだろう。


 期待していたスズメバチのバフも、今のところ効果が分かっていない。少し身体が熱くなったぐらいで目立った変化はなかった。俺にはまだ、武器が足りない。


 この豊かな森の中にはまだまだ俺が遭遇していない生物がいるに違いない。特に、夜行性の奴等にはまだ全く挨拶が出来ていない状況だ。夜の森は危ない! なんて、配信者にあるまじき態度をとっていた。何かを得ようと思うなら、それ相応のものを賭けなければならない。この俺に賭けられるものなんて、一つしかない……。


 俺は視聴者の前で大口を叩いた後、それを実現するためにじっと夜を待っていた。



#



 ベストからナイトビジョンを出して、俺は夜の森へ足を踏み出していた。コンクリートの道は次第に土へと変わり、どんどん柔らかくなっていく。それにつれて、生き物の気配も濃くなる。


 ナイトビジョンの向こうはとても賑やかだった。普通のサイズのネズミもいれば、赤い目をした巨大なカブトムシもいた。まだサンプルが少ないので確かなことは言えないが、巨大化・凶暴化した生物の目はどいつもこいつも赤くなっているようだ。


 そして、俺にバフを与えてくれるのもそんな奴等だ。俺は樹液にたかる虫の中から、一際大きなカブトムシのオスに狙いを定めていた。


 一撃で決める。


 のうのうと食事を続けるカブトムシの背後をとった。四十センチはあるな……。


 ブラシのような口がペチャクチャと耳障りな音を立てる。行儀が悪いって習わなかったのか? 全く──


「油断し過ぎなんだよ!!」


 ──ダンッ! と前胸と中胸の間にサバイバルナイフを刺し入れると、カブトムシはあっけなく動かなくなった。貫通して木に刺さったナイフを抜くと、ずっしりとした体がドサッと地面に落ちる。一瞬間があって、それ以外の虫達がワッと離散していった。


 俺はそれをタモ網にいれ、次の獲物を探して行動を開始した。この豊かな森ならば、必ず奴がいる筈だ。奴からバフを得られるならば、きっと勝てる。ハチノコを賭けた戦いに……。


 徐々に白んでくる空に焦りながらも、俺は足を止めることはしなかった。

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